No.00917
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新入社員の頃、上司が嫁は小柄の方がいい、と言っていた。その時は意味が分からなかった。
上司のご両親は、ご自宅で介護を受けていらっしゃる。そういった意味もあったことを、
あとで知ったが小柄な女性の方が若く見えるらしい。だが、一概に言えないのではなかろうか。
35歳の妻は、歳の割りに若く見えると思っている。小柄なせいもあるだろう。
私がそう思うのは、未だに妻を愛しているのかも知れない。
だが、妻は家を出て行った。あれから、ちょうど三月が経過した。
残業だ、研修だと言う。帰宅が極端に遅くなった。派遣社員に今時、会社がそれほど期待を
するものだろうか。初めは、活き活きとしている妻を横目で見ていたのだが。
まさか、と思い妻の入浴中に携帯電話を確かめた。ロックが掛かっていることで、私は確信した。
間違いない。妻は浮気をしている。翌々日、出かける用意の妻。土曜で、会社は休みのはずである。
研修があるから、と朝から出かけた。お気に入りのピアスをつけるのを、私は見逃さなかった。
私は仮病を用い、自分の職場に遅れることを同僚に連絡して、そっと妻の後をつけた。
その日は私より、ずっと遅くに帰宅する妻。研修会の後でパーティーがあった、と言う。
食事どころか、ほろ酔い加減だ。妻は酒が弱いはずなのだが。
着替え終わるのも待ち切れず、私は妻に詰め寄る。おまえ、浮気しているだろう。
驚いた目で振り向く妻に私は、知っていることに想像まで付け加えて、ひたすら詰った。
売り言葉に買い言葉。妻は、出て行くと言い出した。
「このご時勢に、女が一人で生きて行けると思うのか。」
私が掃き捨てた言葉が、妻を刺激したらしい。きっと私を睨んだ妻は、脱いだ服をもう一度。
「もう、おしまいね。さようなら。」
閉じられた玄関扉の音が、胸の中でいつまでもサステインする。こんな夜に、妻はどこへ行くのか。
そこに行けば、妻は幸せになれるのか。そんなことを考える余裕は、ずっとあとまで生まれなかった。
男は浮気するもの、と決め付けている人も多いようだが、私は浮気をしたことがない。
いい夫だったかどうか、改めて考えると自信がない。妻を愛した事実以外に、思い当たらないのだ。
「兄さん、言いにくいんだけどお金を少し、貸してくれないか。」
「まさか、おまえ。リストラに遭ったんじゃないだろうな。それに、みずきさんはどうした?」
答えられないまま下を向いている私。兄は、すべてを悟ったようだ。
「子供を作らないから、こんな目に遭うんだ。だいたい、おまえは子供の頃から…」
人員整理対象を言い渡されたのは、妻が家を出てもうすぐ二月が経とうとする頃。
その2週間後の昨日、妻からの手紙。封筒の中には、すでに印を押している書類だけが入っていた。
あなた、ごめんなさい。そう言って帰ってくる日を待ち続けたが、無駄なようだ。
もう何も思い残すことはなかった。明日の朝、2人でよく散歩した林へ出かけることにしよう。
この林には、いくつもの思い出があった。今は感傷に耽る気力もない。8月のヒグラシが物悲しく。
帰ってくるかな。リストラの取り消しを言ってくるかな。兄が私を、認めるようになるかな。
残されたわずかな気力を、枝振りのいい樹を探すことに費やすことにした。
適当な枝に掛けたロープは、私の体重を支えきれなかったらしい。ヒグラシが、まだそこにいた。
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あとがき
「蝉の声がうるさくて」とおっしゃる方がいらっしゃるようです。とても気の毒に思います。
蝉は夏にしか鳴きません。これが日本の風物詩なのです。私たちが生きている証拠なのです。
夏の暑さを、暑いながらに楽しめない方は人生のかなりの部分で、損をなさっているように
思えてなりません。長いようで短い人生、受け取り方次第ではないか、と思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00916
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「お父さん、お母さん。誠二の高校、快進撃ね。連日、新聞に載ってるわよ。」
「今月分の新聞なら、まだあるわよ。月曜日の古紙回収に出すつもりだけど。」
「よし、スクラップしといてやろう。あとで思い出になるからな。」
福津誠は段ボールの板をテーブルの上に敷き、カッターナイフで息子の記事を切り抜き始めた。
「あいたァ。」
「どうしたの、おとうさん?」
反射的に尋ねたが、娘の里奈は救急絆創膏の箱を既に持っていた。
「あ、いや、手を切った訳じゃないんだ。下の段まであるのに気付かず、切り離したんだ。」
「あなたの口癖ね。里奈が、お父さんは手を切ったのかって心配したのね。」
「ん?俺、何か誤解されるようなこと、言った?」
「もう、お父さんったらァ。じゃ、行ってくるね。頑張らないと、誠二と同級生になっちゃう。」
昨年の失敗を重ねないため、予備校に通う姉の里奈。弟は野球で推薦入学が見えている。
「昔に比べたら随分と楽になったものだわ。洗濯から乾燥までしてくれるし。」
「そうだな。食器洗い乾燥機で、手で洗うより汚れが落ちるもんな。そのまま乾燥してくれるし。
お袋の頃は大変だったよ。洗濯機は世に出ていたが、うちは貧しくてな。随分、後だったな。」
午前中をのんびりと過ごした誠と、妻の多恵。昼は外食し、そのまま老人介護施設に顔を出した。
「あのォ、福津さんのご家庭では、何か特別な高菜ごはんとか、お作りになっていました?」
思いがけないヘルパーからの言葉に、2人は互いの顔を見合わせた。
「高菜ごはんは、特に変わったことはしていません。と、言うより義母は高菜が苦手で
あまり作ったことがないように思います。その、高菜ごはんがどうかしたのですか?」
「福津さんは、あまりしゃべらないんですけど、たまにタカナメシってつぶやくんです。
施設では時々、高菜ごはんをお出しするんですけど、ほとんど召し上がらなくて。
あ、うちのは鷹の爪を控えてあります。高齢者には刺激物を入れないようにしてますから。」
思い当たることが見つからないまま、施設を後にする。何だか、すっきりしない2人であった。
助手席の膝の上、多恵のバッグに入れた携帯電話が震える。施設に入る時、マナーモードに
したままであった。すぐに出ないものだから、相手もやきもきしていたであろう。
幸い、息子の誠二からであった。明日も弁当を作って欲しい、という他愛もない内容である。
「誠二、明日も弁当を作ってくれよ、だって。帰ったらご飯、炊かなくちゃ。」
「母さん、それだ。そうか、そうか。お袋の口癖だったんだ。思い出した、思い出したよ。」
「なァに、あなた?突然。いったい、何が分かったの?どんな口癖なの?」
「俺は男ばかりの3人兄弟だろ?孝も仁も育ち盛りで、よく食うんだよ。お袋が、メシを炊いても
すぐになくなるから、また炊かないといけなかったんだ。服もすぐ汚すしさァ。」
「もしかして、高菜ごはんじゃなくて、炊かなメシってこと?」
「たぶん、そうなんだろう。認知症が進んだお袋が、昔の賑やかさを思い出したんだ、きっと。」
夕飯はみんなの茶碗に、高菜を載せる多恵。里奈と誠二に、来週の日曜は空けておくように指示。
「お義母さんのところへ行こうか。喜ぶわよ、きっと。ほら誠二、ご飯粒をこぼさないのよっ。」
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あとがき
「なくて七癖、あって四十八癖」などと言います。「しまった」と世間が言うところを、「しけた」と
言う上司がおりまして。要領が悪く、14時や15時頃に出前を頼むのです。
突然、「しけたァ。」部下たちが振り向き、対処を考えなければ、と「どうしたんですかっ?」
「チラシやのうて握りにしたらよかった。」「もう、課長!いい加減にしてくださいっ。」実話です^^
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00915
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「連日、暑い日が続きますが皆様、お変わりありませんか?
こちらは皆、元気でやっておりますのでご心配なく。
穴子を送らせていただきますので、お召し上がりください。
それでは皆様、お身体を大切に。かしこ。」ですって。姫路の早紀子さんからよ。
真知子の読む手紙を、みんなが聞いていた。12畳の茶の間に、この家の家族が集まっている。
吉見家の主人、善一。妻の真知子。長男の直樹。その妻、早苗。次男の正樹。長女の智美。
長男の娘、優奈。そして主人の母である、ひいばあのヨネであった。8人の大家族である。
都会では珍しいが、地方では親子4代の生活も珍しくなかったのである。
元々は農家であったが、今では誰一人として農業に従事していない。
先祖よりの田畑が多少あるものの、すべて小作人が引き受けてくれている。
小作人と言ってもかつての主従関係のようなものはなく、現在は小作人の取り分が大きい。
主人の亡父は村長の経験があり、就労者はみな公務員である。善一も定年で退官したばかりだ。
善一の妹、早紀子から今年も穴子のお中元が届いたところであった。夕食前に、読んだのである。
「それでは、いただきます。」「いただきま~す。」主人の音頭で、皆が箸を付ける。
一応、けじめを付けているが厳格だった亡父と違い、善一はあまり拘らなかった。
だが最も自由に行動しているのは、厳格な夫を持ったはずのひいばあ、ヨネである。
「ああん、ゆうなのトンカツ、取ったァ。」
「早く食べないからだよ。人生は強い者が勝つんだからねっ。いひひ。」
「だってゆうな、トンカツ大好きなんだも~ん。最後に食べようと思ったのにィ~。」
「もう、ひいばあ。意地汚いこと、なさらないでください。優奈はいつまでも言わないのっ。」
廊下歩いている家族の脚を引っ掛けたり、ひいばあは結構、いじわるである。
優奈とゲームをすることがあるが、たいていズルをして勝とうとする。
強く言えば年寄りを苛めるだの、老い先短いだの、始末に終えない。
後姿にぺろっと舌を出す。とんでもない婆なのであるが、どこか憎めないところがあった。
翌日の夕食に真知子が、冷やした茶碗蒸しを出した。いただいたばかりの穴子を使ったのである。
スプーンがないわ、と智美。あたし、取って来ますと早苗が言った。直樹は箸で食べている。
「茶碗蒸しにサジなんか、使わないんだよ。こうやって混ぜて、飲むのが作法さ。」
そんな下品なことできないわ、と智美が言う。早苗が、取って来たスプーンを配った。
茶の間にテレビを置いている家は少なくない。吉見家も例外ではなかった。
食事に全員が、同時に揃うことはない。テレビをつけていても、全員が揃えば消す決まりだ。
「あれ?ホントだ。ひいばあの言うとおりだ。茶碗蒸しは掻き混ぜて飲むのが、正式なんだって。」
朝の番組で、豆知識コーナーとして取り上げていた。正樹が口にする。何人かも見ていた。
「ひいばあは隣村の、良家の娘でね。作法とか習っていたんだ。戦前だけどね。
あれ?ひいばあはまだ、起きて来ないのか?いつも一番に座っているのに。誰か呼んで来い。」
あたし、呼んできますと長男の妻、早苗が呼びに行く。悲鳴を聞いて、皆もひいばあの部屋に。
布団の真ん中、正しく仰臥している。眠っているかのようだった。枕元に、きちんと衣服をたたみ。
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あとがき
暑い日が続きますが、体調を崩していらっしゃいませんか?私も先日、不調でした。
こんな日に冷えた茶碗蒸しなど、おいしいですね。穴子とか入っていると最高です。
私は茶碗蒸しを、箸で食べるのが好きです。日本人なので箸が駆使できないと悔しいのです。
でも茶碗蒸しは、箸で掻き混ぜて飲むのが正式な作法だそうです。先日、テレビで見たところですが。
最後までお読みいただき、ありがとうございました



