Archive for the ‘第一課(文芸)’ Category
No.00936
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お風呂に入ってくるね、と言う母の言葉に、ああと生返事の大月修司。ドラマがいいところであった。
すぐ後だっただろうか。ダイニングテーブルに置いた真美子の携帯電話に、メール着信音。
ほっておけばよかったのだが、修司はまだ間に合うと思ったのか脱衣所まで持って行こうとした。
「あ、ありがと。後で見るから置いといて。」
既に浴室へ入ったらしい声が、脱衣所のビニールカーテンの向こうから届いた。
アシタロクジハンイツモノトコロデ・・・ユウスケ
どこか触ってしまったらしい。母の携帯電話の、メール読み上げ機能を作動させてしまった。
いけない、とは思いつつ勝手に開く。修司は目を疑った。発信者の登録名は、都留雄介。
今夜は残業になるから、と出かける母。真美子の方が早く家を出る。3人暮らしの母子家庭であった。
1年生の妹、真奈と家を出る中学3年生の修司。心は穏やかなはずがなかった。
その夜に玄関前まで送る車を、二階の部屋から盗み見る修司。間違いない。担任の都留先生だ。
進学の便宜を図る、という口実で近づいた都留は、受け持つ生徒の母親と関係を持っていたのである。
「朝礼で校長先生が、いちじくもおっしゃったように夏休みが正念場なんだ。」
生徒たちは誰もムダ口を叩かない。それは追い込みの意気込みなどではなかった。
担任の都留雄介に誰も、信頼のかけらさえ持ち合わせていなかったのである。
逆らえば何をされるか分からない。かつて暴力やセクハラの噂があったのを、生徒たちは知っていた。
「おまえ、クラス委員だろ。おまえが言わなきゃ、誰が言うんだよ。」
クラスの数人に詰め寄られ、上野原昌和が渋々と職員室。昼休みで教師たちの殆どが、そこに居た。
「何だ、何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってみろ。」
「あ、あの・・・あの・・・先生がよくおっしゃる、いちじくもって言葉はいみじくも、ではないかと。」
複数の教師が振り向いた。都留の受け持つクラス委員の言葉が、教頭の耳にもはっきりと届く。
5時限目の社会は都留の授業だったが、10分ほど遅れて教室に入る。遅れたことも詫びない。
何かと声を荒げる授業に、秀才の韮崎繁夫が立ち上がった。教科書で机をばん、と叩く。
つかつかと黒板に近づき「記元前」の文字に大きくバツをつけ、「紀」に変えて教室を出て行った。
隣のクラスの、大月修司に前々から好意を寄せていた都留亜矢子。思い切って手紙を書いた。
呼び出された放課後、大月修司が体育用具室の前に現れる。体育館の裏で人目に付きにくい。
鍵の開いている用具室に入るなり、大月修司は都留亜矢子の口に、いきなりガムテープを貼った。
畳まれたマットの上に押し倒された亜矢子の胸が、熟れたいちじくのように膨らんでいる。
ブラウスを下から開く。ボタンが簡単に外れた。はあはあ、と息が荒い修司に、その後の行動がない。
「こんなことをされたら、誰だってイヤだろう。帰って親父に報告しろ。こんなことされたって。」
そう言い残し、修司はその場を立ち去った。亜矢子は意味も分からず、ただ涙が止まらない。
父に言えるはずもなく、悩む亜矢子。そのうち父の噂を耳にする。どれも、良からぬ噂だった。
「あなた、お願いだから検挙しないで。狭い町なのよ?紗枝の進学もあるんだから。夏休みなんだし。」
駐在所の笛吹孝は悩んだ。都会の警官とは違うのである。妻の説得に応じる道を選んだ。
投げ込まれた手紙を、そのまま教育委員会の郵便受けに入れた。都留雄介の恐喝告発文であった。
校長、教頭を呼び出す教育委員会。免職が決定。落ちて腐った、派出所裏の無花果にハエが飛ぶ。
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あとがき
教員免許を取得している友人が、少なくありません。採用試験の倍率が高い、と溢していました。
精神の腐敗した顧客に、教師も多く存在しました。片方で、頭の下がる思いの教師がいます。
その時、間違いと思い発言して返り討ちにあったことが、何度もありました。
あとで調べたら、先生が間違っていました。仕方がないことなのでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00926
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村上が時刻に現れないため、みんなは先に行くことにした。電話しても出ないのである。
どうせ、あとから来るだろうと松浦が言った。渡辺が村上に、先に行くとメールを送った。
村上光がやっと目を覚ました頃に、そのメールの着信音が鳴る。外は蝉の声が降り注いでいた。
飛び起きて着替え、車のエンジンをかけた。あそこなら電車より自動車の方が早く着くだろう。
長瀞駅から荒川に向かう道で、跪いている女性がいる。車を降りて、どうしました?と声をかけた。
「あ~、あなた。踏んでる。」
驚いて足をどけたが遅かった。彼女の落としたコンタクトレンズを踏み割ったらしい。
「これは、申し訳ありません。弁償させてください。今から作りに行きましょう。」
渋る女性を乗せて、村上光は麓の町へと車を走らせた。20分くらいでそれらしき看板が。
「ありがとうございました。落とした私が悪かったのに、ごめんなさい。」
元の場所へ送ろうとしたが、時間がかなり経過していることを2人は気付く。
「あのォ。ボクも友人たちとキャンプに行くつもりだったんですが、寝過ごしてしまって…」
今さら遅いだろうから、と村上光は食事に誘う。女性も頷いた。
「まだ、お名前をお聞きしていませんでしたね。ボク、村上光と言います。」
小柄でたいして美人でもない、その女性は蝉丸容子と名乗った。和風レストランに入る。
蝉丸容子の仕草は、すべてにおいて上品であった。村上光は惹かれていく。
少しドライブしませんか?国道140号線を走らせ、途中で見つけた華美な建物へ入ろうとする。
蝉丸容子は真っ直ぐに前を向いたままで、抗おうとしない。そこでも蝉丸容子は品があった。
最寄の駅でいい、と言うので村上光も無理に送ろうとはしなかった。
電話番号、聞いてもいいかと尋ねたが蝉丸容子からの返事はなかった。
「村上。昨日はどうしたんだよ。渡辺がメールしただろ?」
「悪い、悪い。目が覚めたら昼過ぎだったんだよ。車で行こうとしたら調子が悪くて、修理だよ。」
「そんなこと言って、ホントは誰かと遊んでたんじゃねえのか?深雪ちゃんはヤキモチ、
妬かねえみたいだけど、そんな女の方が後で怖いんだからな。気を付けろよ。あっはっはっ。」
その日は、婚約者の荻野深雪と食事の約束をしていた。少し早いので、迎えに行くことに。
村上光は文化センターの前に車を停める。読みかけていたデカルトを出して開いた。
「あら、来てたの。ちょうどいいわ。駅まで彼女も送ってくれる? 活花教室の蝉丸容子さん。
容子さん、紹介するわ。こちらは私の婚約者の、村上光さん。財務事務次官のご子息よ。」
挨拶はしたが、お互いが視線をわずかにずらした。降りた蝉丸容子は会釈して、駅舎に消える。
「品のある方でしょ?私と同じ歳なの。お花を活けるセンスもいいのよ。」
「愛媛県知事の再婚相手なのか?何でまた、そんな歳の離れた結婚を・・・」
「彼女のお父様が、巨額の負債を抱えて倒産なさったみたい。それを父が肩代わりしたの。」
婚約者の荻野深雪は週二回、活花教室に通っている。次の受講日、村上光は迎えに行った。
荻野深雪が場を外した時、村上光は蝉丸容子に再度、会いたいと電話番号を書いたメモ書きを。
その次の受講日、講習を終えた荻野容子が玄関から出てきた。蝉丸容子がいなくなった、と言う。
連絡も取れないらしい。建物脇の低木に付いた蝉の抜け殻に、村上光は手を伸ばそうとしてやめた。
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あとがき
中納言兼衛門督の娘として生まれ、宮仕えのはずだったが父の死と共に後ろ盾を失う。
成り行きにて伊予の国守次官に後妻として嫁ぐが、夫を愛することはできなかったようだ。
前妻の娘、軒端荻と歳も近い。その軒端荻と碁を打っている姿を光源氏が覗き見た。
品のある姿に光源氏は惹かれ、求愛する。身分の違いを嘆いた彼女は、薄衣を残して。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00925
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「あの~。」
朝からうだるような暑さだった。総手署に一人の中年男が顔を出す。
流れる汗を拭きもせずヒゲも若干、伸びている。うつろな目をしていた。
「自動車保管場所証明ですか?」
配属されて間がない新人の野田巡査が尋ねる。
総手署では、玄関を入ると交通課がそこにあった。手に何も持っていないことも含め、
不審に思った柏巡査長がさらに声をかける。
「暑いですね。本日は、どのようなご用件ですか?」
「あの~。母親を殺しました。」
「え?詳しくお聞きいたしますので、しばらくお待ちください。」
会話を聞いていた我孫子巡査長が、捜査一課に内線で連絡する。
捜査一課の松戸巡査部長が二階から降りてきた。まず話を聞いてみることにした。
歩けば、署から20分ほどの距離で犯行があった。男の供述どおり、その家で老婆が刺殺。
静かな住宅街にけたたましいサイレンが響く。ものものしい空気に近所の住民たちが表に出た。
捜査員たちが駆けつけた時、既に遺体は腐敗が始まっていた。この暑さでは無理もない。
鋭利な刃物で数箇所、刺された老婆が1階和室で仰向けに倒れていた。
市川警部補が近所の聞き込みを開始する。容疑者の田沼裕は独身であり、実母の田沼邦子と2人、
つつましく暮らしていたようだ。近所でも評判の孝行息子で、誰も田沼裕を悪く言う者はいない。
鑑識の結果、犯行は昨日の午後3時から5時頃と推定された。胃の中、消化物での判断である。
「私がやりました。母がわがままを言うのでつい、かっとなって。」
「かっとなって、だと?凶器は何を使った?それをおまえは、どこにやったんだ。」
調書を取り簡単に解決するもの、と思われたが肝心の凶器が見つからない。動機も確定しない。
下総警察署長は何をやっているんだ、と急かしてくる。
捜査員たちは、さらに聞き込みを続けた。冴えない風貌ではあったが、孝行息子で通っていた。
「しかし、暑いなァ。セミがみんみん、うるさくってさァ。」
「市川さん、今はクマゼミの方がうるさいですよ。」
「船橋。おまえ、セミに詳しそうだな。子供の頃、昆虫採集にはまったクチだろ。」
「ええ、昆虫が好きでした。クマゼミはしゃあしゃあ、と鳴くんです。」
「でも市川さんが言うとおり、セミと言やァミンミンゼミという固定概念がありますよね。」
「そうなんですよ。しかし、ミンミンゼミはめっきり減りましたね。あれ、どうしたんです?」
船橋巡査長と八千代巡査長の会話を、途中から聞いていない市川警部補が突然、机を叩いた。
「それだ。俺たちは、田沼の供述を鵜呑みにしていたのかも知れん。その固定概念だ。」
事件は意外な展開を見せた。盗難車両を追跡し逮捕された少年がトランクに、登山ナイフを
隠していた。付着する血液が被害者のAB型と一致する。遊ぶ金欲しさの犯行を自供した。
「帰宅したら母が、誰かに殺されていました。女手ひとつで育ててくれた母が、あまりに不憫で
私ももう、生きる気力がなくなり・・・お手数をおかけしました。」
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あとがき
愛媛県でミンミンゼミを、あまり聞きませんでした。子供の頃、よくセミを捕まえましたが
ミンミンゼミを見たことがありません。神戸の山中ではミンミンゼミを、たまに見かけます。
クマゼミやアブラゼミに比べると、ずっと少ないのですがセミの鳴き声はミンミンと
たいていの方が口になさいます。何でなんだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました


