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Archive for the ‘第三課(美術)’ Category

No.00894

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バゲットを2cm厚に切る作業を終えた茂利は、先に椅子を引いて掛けた。
キルトで作ったミトンを両手にはめて、美恵子はポテトグラタンを運ぶ。
予め夫の前に置いた敷物に載せた。外したミトンを引き出しに収め、パスタを皿に盛り付ける。
「あっ、ちょっと待っててね。」

テーブルの上には、すべてが揃っているように思えたが美恵子は庭に出る。
薄紫と赤、それぞれ1本ずつのインパチェンスを摘んできたらしく、水を入れたグラスに。
ついでに摘んだバジルを軽く水洗いし、ペーパータオルで水分を拭き取った。
美恵子はそれをパスタに散らす。ポテトグラタンがまだ、熱さを忘れていなかった。

同時に両手を合わせて、軽く俯く。ちいさく、いただきますとつぶやいて互いにフォークを手に。
美恵子は夫の分を先に、パスタを小皿に取り分けた。はふはふとポテトを口に入れる茂利。
「うふふ。茂さんたら猫舌のくせに、いつも熱い物から口に入れるんだから。」
慌ててグラスの水を口に入れ、消火作業に入る。その様子を見て微笑む美恵子であった。

日曜の昼下がり、今日は珍しく洋食であった。それでも最低限の洋食器は取り揃えてある。
一人娘が東京に就職し、2人だけの生活も2年目を迎える。美恵子の連れ子であった。
茂利は初婚。もうすぐ9年目を迎える、いつまでも睦まじい夫婦であった。
料理が得意な美恵子は、様々な喜びを夫に提供した。舌だけでなく目を喜ばせることも忘れない。

手際がいいから、今日も冷めさせることなく彩りを加えたのである。
料理は見た目も大切。美恵子の持論であった。そんな妻を茂利も、愛おしく感じていた。
「考えてみるとおもしろいよなァ。冷たくしても熱くしても割れないんだから。」
たいらげたグラタンの入っていた器を手に取り、茂利がつぶやく。

「それはグラタン皿だから、ほかでは使ってないけどね。」
「そっか。皿って、いろんなものを盛り付けるけど、用途が限定されたものもあるよな。」
それだけ言うと、パンをもぐもぐと口の中でいつまでも噛み続け、あらぬ方も見ている。
「茂さんて、なァに考えているのかな?うふふ。」

「え?ああ。次の日曜、日帰りで栃木へ行って見ないか?」
「いいわよ。栃木県のどこに行くの?」
茂利は悪戯っぽく笑った。自分の思いつきに酔っている表情だ。美恵子は、それでも良かった。
「ちょっと遠いけど、益子焼へ行こう。体験とかできるだろ?」

「益子焼ねえ。何を作ってみたいのかしら。」
「美恵さんの作る料理を盛り付ける、大皿を作ってみたいな。土をひねるって言うんだっけ?」
未経験者に8寸(24cm)以上の物を作ることは難しい。2人はまだ、それを知らなかった。
インターネットで調べて、陶芸体験のできるところに予約を入れた。楽しみである。

「都賀JCTで水戸の方へ行くんですって。ねえ茂さん、どうして陶芸体験したくなったの?」
「イギリスでは結婚後、毎年何かにあやかって祝うんだよ。明日で俺たち、9年目だろ?」
体験前の説明で、ろくろ初体験者に大皿は無理と言われた。そりゃそうだ、と2人は聞き分ける。
小皿作りに汗する2人。帰りに茂利は大皿を買う。北陸道で、美恵子は寄り添いかけて。

 

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あとがき
イギリス式結婚記念日呼称で、9周年は陶器婚式だそうです。
8年目か9年目の時、妻とレストランに行きました。記念日をお知らせください、の文字に
図に乗って結婚記念日であることを告げました。スタッフの方が素焼きの湯飲みと絵皿、
絵筆を用意してくださいます。「ずっと我慢」と書いて、後で妻に叱られ・・・はい、実話ですA^^);

                             最後までお読みいただき、ありがとうございました





No.00852

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いらっしゃいませ!田沼伯爵様、お待ち申し上げておりました・・・うむ、ご苦労! A^^);

 

 

京都、円山公園の一角に長楽館がある。堂々とした風格で、一際目を引く。
明治の実業家、村井吉兵衛氏が迎賓館として、100年前に建てたようである。
1階を石貼りに、2階3階とタイル貼りになっている。
宣教師でもあったアメリカ人、J・M・ガーディナー氏の設計だ。

洋館は現在、レディースホテルやレストラン、喫茶として公開されている。
このような不動産を所有することは、庶民にとって可能性の低いものであるが
訪れることによって、しばしの夢を見ることが許される。
脳内でオーナーになれば宜しい。が間違っても、スタッフのかたがたに命令してはいけない。

豪奢そのものの内装で、4畳半の茶の間とは大きな違いだ。ロココ様式と言うらしい。
当時、華やかなパーティーが繰り広げられたことだろう。海外を含め、多くの著名人が
この場に訪れた記録が残っている。平民の私が入ることを、想像すらしなかっただろうけど。
長楽館の名前は、伊藤博文氏の言葉から付けられたと聞いている。

これほどの建造物を残した村井吉兵衛氏は、押しも押されぬ成功者と言えよう。
9歳で煙草の行商を始めたといわれる村井氏には、故松下幸之助氏に通ずるものを感じる。
下積みがあるからこそ、その立場が理解できる。決して雲の上からしか物を見ることができない人
ではないようだ。優れた人物像は、たゆまない努力によって形成されたのであろう。

ベストセラー煙草「ヒーロー」で成功を収めた村井氏。その頃、日本は日露戦争へと突入していく。
莫大な戦費を調達する必要から、明治政府は煙草の販売を専売制に切り替えた。
村井氏は、その補償金で村井財閥を形成していったようである。
村井銀行、東洋印刷、日本石鹸、村井カタン糸。昭和恐慌まで栄華を極めたようだ。

さて私は、喫煙経験がなく「ヒーロー」なる商品に興味がない。
愛煙家だった祖母は、酒で失敗はあるが煙草で失敗はない、と言っていた。しかし私には異論が残る。
有名時代劇「子連れ狼」の1シーンで、老人の寝煙草が火災に発展するシーンがあった。
泊めた後輩が、寝煙草で畳を焦がしたこともある。百害あって一利なし、が私の持論である。

25年ほど前の記憶だが、ルートセールスの取引先で喫煙の話になった。
趣味で声楽を続けていた経緯もあり、私は喫煙に興味どころか嫌煙家である。
堅物で通っている経営者から、生真面目過ぎると言われてしまった。多少の毒は身体に必要、と。
今でも信頼している経営者の一人であるから、記憶しているのだろう。従いはしないのだが。

約半世紀生きてきて、私は生真面目だったのかも知れない。しかし今さら路線変更する気になれない。
芸能人たちが次々と覚せい剤取締法違反で検挙されている報道を、悲しい目で見ている。
覚醒剤や麻薬、そして煙草を十把からげて同類項に括っているのは、縁遠いからだろうと思う。
おそらく、それらのどれとも関わりを持たずして、自身のすべてを終わりにしたいものだ。

変わり種ポピーと信じて農家で栽培した報道が、テレビで流れていた。行政も見逃したらしい。
アヘンと言われても歴史の時間と時代劇でしか、耳にすることがない。
改めて思うに、治療に必要な分野は別として人はこれらを必要とするものなのだろう。
ぐるりを見渡し、中で食事をいただくことにした。私は今、建物が現存することに感謝している。

 

 

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あとがき
知人から聞いており、興味をもって訪れました。
大きな門を入ると、車寄せがロータリーになっています。
駐車スペースはロータリー部分の周りになります。5m足らずの車は、少し手狭に感じました。
人力車では、十分過ぎる広さだったことでしょう。ノスタルディックな遺産です。

 最後まで、お読みいただきありがとうございました





No.00851

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次回こそは、いい写真を撮ってやると固く誓ったのであった・・・A^^);

 

 

「康弘さん、お待たせ~。ごめんねェ、こんな時間にィ。」
14:49発の新幹線のぞみに乗った二人は、どっかと席に腰をおろした。
中途半端な時刻に新横浜駅で待ち合わせたのは、子安美香の都合に合わせたからだ。
介護施設のシフトが避けられず、帰宅時刻を考慮するとこのダイヤになってしまった。

夜勤明けにも関わらず、美香は笑顔で訪れた。京都に行きたい、と言い出したのは
もちろん美香のほうであった。鶴見康弘は、京都にそれほどの固執がなかったのである。
とは言え、嫌がっている様子もない。美香との旅行は初めて。鶴見もこの日を待った。
「美香。2時間しかないけど、寝てろ。疲れてるだろ。」

窓際に美香を座らせたものの、美香は康弘の右肩に身を任せて目を閉じた。
動き始めて数分もしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
それを聞きながら窓の外を見る鶴見。町並みが段々と、都会の様相を忘れていく。
景色の遷移にそれぞれの過去を重ね、そしてお互いの未来を想像した。

郊外へ向かうにつれ、美香の向こうに見える住宅街は高低差のある景色になる。
そこには坂道で暮らす人々の生活が伺えた。康弘は自分が家庭を持っていた頃の生活、
坂道だらけだった記憶を重ねた。妻の実家が事業に失敗、心の隙か妻は浮気する。
その頃、美香の見た夢も苦しかった結婚生活。亭主の暴力に耐え切れず離婚していた。

お互い、まだ子供がいなかったことが不幸中の幸いだったのかも知れなかった。
車内アナウンスに忠実な康弘が、美香を起こす。京都駅で美香は、眠い目をこすった。
京都の好きな美香は、何度か訪れている。飲酒さえ伴わなければ、優しい夫だった。
康弘のほうは大学が京都である。多少の知識を携えていてもおかしくはない。

京都駅からタクシーを使い、三条のホテルに向かった。荷物を置き、またタクシー。
ライトアップは美香にとって、欠かせない観光スポットだ。
「京都のライトアップは、高台寺が最初に始めたんだ。」
「凄~い。康弘さんは、何でも知っているのね。」

運転手が言葉を訂正しないから、間違っていないのだろう。康弘は口に出したものの
知識に自信があった訳ではなかった。大学時代に、京都の寺社を巡った記憶がないのだ。
日が落ちた狭い道に、夥しい人の数。タクシーは階段の横に停め、ドアを開いた。
運賃を支払った康弘が降りるのを待ち、運転手に礼を告げる美香であった。

「高台寺は北政所が、徳川家康に願い出て建てさせたんだ。豊臣秀吉の奥さんだな。」
長い階段を昇りきって入り口を入るとすぐに、市内が見えた。見渡しながら康弘が説明。
ふうん、へええ、を使い分ける美香。境内の散策も決して前を歩かない。
康弘が立ち止まれば、その都度うしろに立つ。枝垂桜に感嘆、池に映る景色に頷く。

「新婚旅行は海外でなくて、いいの。のんびり康弘さんに京都を案内してもらえたら
 そのほうが幸せだ、と思う。」帰りの新幹線、美香が頭を康弘に預けた。
康弘が離婚で消費したのは、精神面だけではない。それを知っていて口にする美香。
次のライトアップは自分たちの幸福、と康弘は鮮やかなものを思い描いた。

 

 

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あとがき
京都の寺社では、春夏秋とライトアップがあちこちで行われます。
それぞれ業者がプレゼンしているのでしょうか、緻密な計算を感じます。
ただ惜しむらくは、三脚や一脚の使用ができません。夜の画像を撮影するには、
三脚がなければ手ぶれします。一応、持参しましたが釘を刺されまして A^^);

 最後まで、お読みいただきありがとうございました





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