Archive for 6月, 2009
No.00520

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「マスター、グレンリベットをダブルで。」
意地悪くニヤリと、ヤニで黄色い歯を見せた。
無粋に明る過ぎる場所ではないので、歯の色まで認識できた訳ではない。
叔父の喫煙が、日に60本を下らないことが記憶にあっただけ。
そう、叔父の経営するショットバーに、ボクは足を向けることが多かった。
マスターが出してくれたロックグラスに口をつけ、ボクは弾かれたように顔を上げる。
「気がついたかい?司が今、欲しいのはこっちだろ?」
見せてくれたボトルはティーチャーズだった。叔父には、かなわないや。
「いつものように1時になれば、客は帰る。いや、帰らせるさ。」
毅然とした態度には、いつも舌を巻く。どこから、あの自信が湧くのだろうか。
有言実行のマスターは、酔いつぶれた客を起こしにテーブル席へ向かった。
酔い客のスーツ、その左ポケットにマスターが、客の食べ残したキスチョコを忍ばせる。
「さあて。司の恋愛相手は、どんなお嬢さんかな?」
ゴロゴロと電照看板を中に入れて、マスターは入り口を締めた。
「叔父さんは何でも、お見通しなんだね。その前に教えて。何で客のポケットにチョコを?」
「見ていたのか。一種の合法ドラッグで習慣性がある。一応、店も商売だからな。」
叔父の言うことを理解するのに、いくらか時間を要した。
促されてボクは、佐緒里のことを話した。いちいち頷いては、ボクを安堵させる。
一回り違う人生経験から来る信頼だけでは、ないのかも知れない。
「司は真剣なようだな。」
今までの恋愛について、すべて叔父に話してきたつもりだ。と、言っても3人目なんだが。
聞き上手の叔父は一切、話の腰を折らない。
絶妙なタイミングで、甘めのカクテルを出してくれる。3杯目はソルティードッグだった。
ボクがグラスを置いた時、よく見るチョコレートを差し出す。
「マーブルチョコレートかァ。懐かしいなァ。」
普通のマーブルチョコレートじゃないぞ、と叔父はメモ書きを添えた。
黄・演技力、緑・発言力、オレンジ・企画力、ピンク・運動能力、赤、破壊力…茶・無力
「もしかして、これを食べると力が増強されるとか?空色・念力って何だ、こりゃ?」
「ははは。ナントカと鋏は使いようって言うだろ。即効性があるそうだ。」
「これって副作用は?」
「薬はすべて毒なんだ。効能のある薬は必ず副作用がある、と言っていい。
効力が切れてしばらくすると、脱力感が来るらしい。うまく、使うことだな。」
「これ1個で効力って、どのくらい続くの?」
「当然、個人差があるだろうが、概ね24時間らしい。
つまり、その1本でかなえられない夢なら諦めろ。健闘を祈る。」
翌日、まだ新入社員のボクは、叔父の危篤と嘘をついて、羽田から千歳空港へ飛んだ。

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あとがき
叔父が渡してくれたマーブルチョコレートは、よくよく見るといろいろ、おかしいのです。
明治製菓ではなく、冥土製菓と書かれてあるし。
ええ。ボクは佐緒里に会いに行きました。来月、結婚するんです。
でも帰ったら、叔父さんの店がなくなっていたんです。携帯電話も通じないし。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00519

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「ママァ~、行っちゃヤダァ~。ママァ~!」
「智之!追いかけるなっ。」
まだ5歳だった相馬智之を置いて、母は家を出た。父、相馬和之は背中を向けたまま。
もはや夫に未練はない。一人息子の叫びだけが、悦子の後ろ髪を引いた。
腕のいい大工も雨には勝てなかった。雨が続くと酒浸りの夫。家計を顧みることはない。
商店街で天麩羅を揚げ、勤めから帰ると針仕事の内職。身体以上に、心が疲れていた。
月末に受け取る給金も、酒屋のツケと家賃に飛んでいく。
智之の好きな「ままどおる」を買うことだけが、悦子に許された贅沢だった。
「いらっしゃいませ。はい、120円です。いつも、ありがとうございます。」
夕方になると買いに来る、作業員風の男。働き者のようである。独り身なのだろうか。
「あ、あの。海老が2本、入ってるよ。」
「おまけさせていただきます。内緒ですよ。」
「お先に失礼しまァす。」「ああ、相馬さん。気をつけて。」
傘を差して帰路、後から来た軽自動車が止まる。悦子は気配に、横を見た。
「送って行きますよ。どうぞ、乗ってください。」
いつも夕方に来る男であった。軽い気持ちで乗る。男の次は、自分の身の上を語った。
「この頃、遅えぞ。どこをほっつき歩いてんだ、まったく。」
「帰りに針仕事の内職、増やしていただくようお願いしているの。」
すっかり疲れ果てていた。作業員風の男、伊達耕作は逃げよう、と言ってくれている。
透き通ったビー玉は、わずかな坂でも転がってしまう。悦子の転がりを、誰も止めることが。
晴れが続けば、腕のいい大工である。相馬和之は息子のために働いた。
雨の日も、家で働けるように細工品を引き受けた。心を入れ替えたように働いたのである。
施主の娘と縁談が持ち上がり、智之に母ができる。靖子は智之を可愛がった。
成績も芳しい智之は、法学部を卒業し弁護士事務所に勤務する。
「先生、このたびは本当にお世話になりました。一時は、どうなることやら、と…」
顧問先の企業から「ままどおる」をいただいた。懐かしい思い出を、事務所で語る。
「今回の裁判は相馬先生の功績ですよ。思い入れがおありなら、お持ち帰りください。」
所長の配慮に智之は従い、その夜は自宅近くの実家を訪れた。
少し前から寝込んでいる父は智之を、枕元に呼んだ。
「智之。悦子を恨むんじゃねえぞ。悪いのは父さんの方だ。」
「大丈夫だよ、恨んでなんかいないさ。それなりの事情があったんだろうし。
あ、母さん。これ、取引先からもらったんだ。母さん、好きだったよね?」
「あら、ままどおるじゃない。これはね、あなたが好きだからってお父さんが買ってたの。
ままどおるはスペイン語で、お乳を飲む人って意味らしいわよ。
お父さんがおっしゃるように、悦子さんのこと、恨まないで欲しいの。
もし探すことができたら、会ってあげてね。あなたの、本当のお母さんなんだから。」

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あとがき
子を置いて、家を出て行く母の殆どは後悔しているはずです。
でもその時は最良の道、と選んだのです。
やがて時が解決するのでしょうが、人は
いつまでも恨むことができるものではありません。
それにしても、この御菓子、おいしい♪^^
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00518

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「夕べとうちゃんと寝た時にィ、変な所に芋がある~とうちゃんこの芋なんのいもォ♪」
「何だよ。母ちゃん、その下品な歌は?大樹が覚えるじゃないか。」
信号が黄色に変わり、次々と停車する。畑中道徳は危うく追突しそうになった。
「あなた、前を向いて運転してね。」
「死んだ父ちゃんが酔っ払うと、よく歌ってたんだよ。母ちゃんもよく知らないのさ。」
信号が青に変わると、車を発進させた。旭川に向かって行くのである。
年長組の大樹が、旭山動物園に行きたいと行った。我が家は大樹の意見が通過する。
女手一つで私を育ててくれた母は、とにかく孫の大樹が一番なのだ。
「大樹!お昼は何が食べたい?」
「んとね、んとね。ケンタッキー・フライドチキン!」
国道40号線沿いにある。ファーストフードの類は苦手だが、議論する気になれない。
不服そうな私の顔に気付き、身重の妻が助手席で失笑した。
車から降りて助手席のドアを開ける。本来なら連れて来たくなかった。万が一を懸念する。
50歳を過ぎて、ファーストフードが好きな母は、息子の手を引いて店内に入る。
妻を気遣いながら店内に入った時、母が何やら店員ともめている。
「フライドポテトですね?」「マックフライポテトだよ。一番、大きいの。」
私と妻は、店に入ってすぐの場所で顔を見合わせた。
「フライドポテトのLですね?」「その、マックフライポテトだよ。早くしとくれ。」
「は、はい。お願いします。」私は駆け寄って、追認した。
「お義母さん、ここがいいわ。外も見渡せるし。大樹、座って待ってようよ。」
私は甘く見ていたのかも知れない。大人3人と子供1人分は結構、重かった。
「ここは鳥の足を揚げたのばかりだね。」
「母さんは、上げ足取りばかりじゃないか。ケンタッキーは、知らなかったっけ。」
「何か言ったかい?アタシはいつも、マクドナルドだよ。ねェ~、大樹ィ?」
「うん。ぼく、おばあちゃんとマクドナルドへよく行くんだ。」
妻は大樹の手、紙ナプキンで油をふき取ってやる。横で母が、指を舐めていた。
食べ終えると車に乗り込み、私たちはまた旭川を目指した。
着いた旭山動物園の入り口に、もっともはしゃいだのは母だったように思う。
着いたのは午後だったが、みんな満喫できたのが嬉しい。
旭山動物園は、いろんな工夫をしている。妻が詳しいのはインターネットのせいだろう。
帰りの車内は、妻さえ寝入ってしまった。どうやら、いい一日だったようである。
途中でラーメンを食べて帰ったせいか、玄関の鍵を開ける頃は真っ暗だった。
「無邪気なもんだな。この寝顔を見てると、仕事の疲れも取れるんだ。」
「お義母さんも、もうお休みになったみたいよ。」
寝返りを打ち、布団を跳ね除ける。そっと着せてやる妻が愛おしく思えた。
「ぺんぎんさん、よちよち…おいで…とうちゃん、このいもなんの…いも…」

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あとがき
「夕べとうちゃんと寝た時に変な所に芋がある
とうちゃんこの芋なんの芋?
坊やよく聞けこの芋は
坊やを作った種芋よ」…たしか、こんな歌だったようですが
5歳ぐらいだったか、宴会で酔った大人が歌っているのを聞いた記憶があります。
書いていて、赤面しそうな歌ですな。
最後まで、お読みいただきありがとうございました




