Archive for 3月, 2010
No.00794
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「本当にありがとうございました。とりあえず、今期は切り抜けられそうです。
またお願いすることがある、と思いますが宜しくお願いします。」
私を呼んでくださった社長は、仙台空港まで送ってくださった。
予約フライト時刻まで、少し時間がある。私は土産物を物色しようと考えた。
「こちらこそ、いろいろと感謝しております。
お陰様で随分と撮影もできましたし。美味しいものもたくさん、御馳走に。
土産物を時間まで見て回ろうか、と思いますのでここで結構ですよ。」
「私のほうはもう今日は構わないので、時間までご一緒します。」
彼には好かれているようだ。それは決して迷惑なことではなく、有難いことである。
私の懸念は、土産物まで彼が支払いかねないことであった。
知人や自分の分の、まったくの私的な購入である。私はそれほど神戸土産を
持参していないのだ。気を使わせたくなかったことも、もちろんだが。
懸念はすぐさま、現実のものとなる。私が手に取って見る物に、次々と解説なさり
こちらのほうがお勧め、と懇切丁寧なガイドが繰り広げられた。
よしこれにしよう、と決めた目をすればすかさず同じ物を掴んでレジへ。
「あのォ、領収書をいただけますか。それと、小分けの袋も入れておいてください。」
経費で落とせばいい、と言うものでもなかろうが気は心である。
私はこうやって、彼に頭が上がらなくなっていくのだが、策略かどうかは分からない。
ただ一つ言えることは、公私共に私と話すことが好きらしい。
移動中の雑談で、多岐にわたり彼のインテリジェンスが私を退屈させなかった。
当然にして土産物も複数に及ぶ。都度、レジに行くものだから店員も心得てしまった。
領収書を用意し、小分けする袋を同封。次を選ぶことが、何だか申し訳なく感じた。
そういった意味合いに於いても、宮城県は美味し物の宝庫である。
豊かな経済と裏付ける文化が、人々の心まで豊かにしているように感じたからだ。
手荷物の許容範囲を超える手前で、私は一連の行動に終止符を打とう、とした。
ふと目に付いた小さめのパッケージ。過去、友人に戴いた記憶がある。
「かもめの玉子」と書かれたそれを手にした時、芳しい香りと口に広がる甘美が蘇った。
これも買っておこう。これくらいは自腹で購入しなければ、とレジに向かう。
「あ、それは…」と彼が引きとめようとするのを静止し、自分で払いますと笑顔を返した。
私は要らないが一応、領収書を戴いて彼に手渡す。これも使ってくださいね、と。
何か言おうとする彼に、私は皆まで言うなとばかり、丁重に礼を述べた。
心から感謝の5日間。改めて、深々と頭を下げる。男同士であったことを喜ぶ瞬間。
夕闇の中、ボーイング737-400が飛び立つ。機内で私は、美しい客室乗務員の
かけてくださった優しい言葉さえ愛想笑いで過ごし、宮城での仕事を振り返っていた。
男から仕事を取れば何も残らない、という言葉を思い出して苦笑する顔が窓に映る。
帰宅して翌日、「かもめの玉子」を口に。ふと箱を見ると岩手県大船渡市。再度、苦笑した。
あとがき
依頼主にとって満足していただける仕事をしてこれたことは、当然ながら有意義でした。
それ以上に価値のある時間を過ごせた私は、ここでも幸福であったようです。
ついでと言えど観光ができ、仕事半分ではありますが美味し物を口に入れ。
雪道の運転は苦手ですが、以外の季節でしたらまた赴きたいものです。勝手な話だあ・・・
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00793
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いつもと同じ、そう何も変わらない朝であった。
6時に起床、すぐさま入浴。今日一日の行動をシミュレートしてみる。
だが、そこには昨日と変わらない退屈とも言えるものしか浮かんで来なかった。
頭の冴えている午前中に仕事をかたずけ、変哲もない昼食を済ませてテレビをつける。
ワイドショーと言うカテゴリーなのだろう。些細な出来事も、当事者にはおおごとだ。
大袈裟に同情を煽るのがメディアの宿命でもあろう。今さらそれを取り沙汰する程、
チャイルディッシュでもない、つもりである。私は、淹れたばかりのコーヒーをすすった。
その時、危うく口を火傷しそうになった。衝撃的なタイトル。これから報道するらしい。
「名門幼稚園で勃発した陰惨ないじめ!」
画面いっぱいに書かれた手書きのような字体の、内容をより印象的に見せる報道手法。
少なくとも私は、身を乗り出した。何であろう。気の毒な思いに、眉をひそめているが
心のどこかで事件を興味半分の目で見ていることを、残念ながら否定し切れずにいる。
よく見かける整った顔の男性レポーターが、馳せ参じた現地から中継していた。
「杜の都、仙台はまだ肌寒さが残っています。ある名門幼稚園では、更に血の気も凍る
恐ろしい事件が勃発しました。さっそく中に入ってみようと思います。」
撮影画面がぶれて、歩いていることを教えてくれる。長めに持ったマイクで彼が入る。
「本当に驚きました。苛めを受けた幼児も苛めの中心になった幼児も、とてもいい子なんです。」
顔にモザイク、音声に変換処理を施された園長は、心の動揺を隠し切れずにいた。
カメラがゆっくりと室内を舐めていく。整頓された室内。薄いブルーのスモックで統一された、
かわいい天使たちの背中が映し出される。いったい、この子達に何があったのだろう。
「宮城県下でも名門と言われる、この幼稚園。なんと今、英語を教えています。」
邪魔にならないよう小声を装ってはいるが、これだけの撮影クルーに園児たちが動揺しない
訳がないように思う。しかし割り引いて見てみよう。現地レポートは始まったばかりだ。
「自由闊達なこの幼稚園では、園児の自主性を重んじているようです。
決して強制はしないものの、園児たちはみな真剣に英語を覚えようとしています。
そして部屋の隅には冷凍冷蔵庫が置かれています。350リッタークラスでしょうか。
私の自宅にある物とほぼ同じサイズであります。この中にはハーブティーが入っています。
園児たちは咽喉が渇けば、自由に飲むことができるようです。
あ今、園児の一人が席を立ちました。手には樹脂製のカップを持っています。
冷蔵庫に近づき、はい今、開けました。例のハーブティーが入った容器を両手で掴み
サイドテーブルに置いたカップに少しだけ、注ぎました。おっと、一気に飲んだと思えば
すぐに席へ戻ったようです。そうなんです。いつでも冷蔵庫が自由に使えるシステムです。
1人の園児が間違えてしまいました。過去形なので、be動詞を変化させなければいけません。
おっと、園児が1人。更にもう1人が冷蔵庫の一番下を開けました。冷凍室です。
何かを掴んでいます。先ほど間違えた園児の口に、封を開けて押し込みました。もう1人も。
これは酷い。苛めの現場です。まさに苛めです。あれ、苛められて笑っています。これは・・・」
あとがき
冷凍室には喜久水庵の銘菓、「喜久福」が大量に入っておりました。
生クリーム大福、抹茶生クリーム大福、ずんだ生クリーム大福、ほうじ茶生クリーム大福と
4つの味が、それぞれ一口サイズで冷凍保存されています。これはいけません。
冬でも食べたくなります。これを口に放り込むのは陰惨な苛めです。すぐ、次が欲しくなります。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00792
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雨の降り続ける日であった。今日で早、三日になろう。
大畑屋の鈴木浅右衛門は厨房で、女中に指示を与えて奥の部屋に戻ろうとしていた。
「おみね。何か、残り物はないか。何でもいいんだ。」
手代の佐吉が、厨房に入ってきた。おみねが狼狽する。かたずけたばかりだ。
「これ佐吉、いったいどうしたんだいっ。小腹でも空いたのかい?」
「あ、旦那様。托鉢の僧が現れました。何ぞ残り物でも、と思いまして。」
「私たちが今日、安穏と暮らせるのも仏様のお陰です。残り物ではなく、
おみね、何か作って差し上げなさい。ああ、佐吉。構わないからお通ししなさい。」
佐吉がお上がりいただくように言うが、勝手口でいいと僧は頑として聞かない。
途方にくれて僧を勝手口にお連れし、厨房の端っこにお座りいただいた。
主に指示されていたから、おみねも手際よく膳を拵えているところであった。
「おとっつぁん、この時期に素麺かい?仕方がないねえ。待っててくださいよ。」
胃の腑が弱く、奥の間で伏せって久しい先代を慮る親孝行の浅右衛門。
先ほどはおみねに粥を頼んでいたが、素麺を作ってくれないかと再び厨房に現れる。
素麺の言葉に、ぴくりと反応する旅の僧。気付いた浅右衛門、ごゆるりと、と告げた。
「さしでがましいようですが拙僧は大和の国、桜井の出にござりまする。」
何を言い出すのか、と怪訝そうな面持ち一瞬、元より温厚にて思慮深き浅右衛門のこと、
続く言葉も耳を貸す。僧は更に続けた。この時節に素麺とは、身体を冷やす元。
可能なればお控えなさるか、潮汁に入れてにゅう麺になさるがよいでしょう。
「これはこれは、有難い御忠告。実は病の床につく年寄りの所望でございまして。」
出家し各地を托鉢しながら旅を続ける僧であったが、素麺製造家の次男坊であった。
腐りかけの残り飯を頂戴するのが常なれど、馳走を戴いたのも何かの御縁。さすれば。
厳寒期に作る素麺、奥州白石の地は大和三輪と気候が似ている。優れたものができよう。
油を使わずに仕上げれば、滋養不足の御尊父にも胃の腑に負担を軽減できるはず。
飲み込みのいい、おみねは海綿体が水を吸い込むが如く、僧の手際を覚えていく。
旅のご都合もおありでしょうが暫時、お留まりくださらぬか。主が深々と頭を下げる。
数日の滞在、おみねのみならず浅右衛門自身もたすきを掛けて、習うこと謙虚。
一方の父親は、みるみる体調を快復させて近々にも床を上げん勢い。
素麺好きな父親が、病の床でも食べやすいようにと3寸あまりに切ってみる。
結果、均等に火が通り易く調理の先を拘らない。瞬く間に大畑屋の看板商品になった。
家中の者から聞いて食した伊達藩白石知行の領主、片倉小十郎が美味いと膝を叩く。
これ、大畑屋鈴木浅右衛門を呼べい。殿様に呼ばれて登城、浅右衛門が畏まる。
「そのほうが、この温麺を編み出したか。天晴れじゃ。伊達の御殿様にも届けよう。」
藩主に留まらず、藩の名産として将軍や京の公家にまで献上された。
伊達藩と言えば様々な産業復興に心血を注いだ、言わば経済の成功例。
浅右衛門は後に、名を味右衛門と改め、殿より帯刀まで許されることとなる。
あとがき
宮城県南部、白石市に生まれた温麺(うーめん)です。
素麺と似て非なるのは油を用いない製法であること。あっさりとして、食べやすい味です。
旅の僧に教わった、と聞いてこんなフィクションを書いてみました。
ダシをきちんと摂り、冬にいただきたい食材ですね。ホント、宮城県はおいしいものばかり。
最後まで、お読みいただきありがとうございました





