Archive for 4月, 2010
No.00824
胸の中で小さく震えるものを感じた時、宮原哲也はどきりとした。
運転中はマナーモードにしているが、それが長いと課長の機嫌が悪い。
急ぎの用件があるのかもしれないが、事故を誘発するよりマシである。
その頑固さが課長に睨まれる要因でもあるのだが、これを融通とは思いたくない宮原。
千里中央を通過した頃に振動した電話が、桃山台でもまた。
北大阪急行線に並行した新御堂筋線。一駅の距離だが車は20分以上かかっている。
大阪には5日と10日まで、支払い猶予の慣習例がある。戦後、回収効率から生まれた。
月末の五十払い(ごとばらい)。平日なら必ず道は混む。事故でもあれば逃げ道がない。
実はイヤホンマイクセットを持っているのだが、使いたくない宮原だった。
3度目の振動を感じたのは、まだ桃山台を抜け切らぬ頃だった。
マナーモードの携帯電話は相手にメッセージを伝える。しかし着信は、メールとなって届く。
そのメールは振動するように設定していた。しぶしぶイヤホンマイクをつなぐ宮原。
「パトカーが居てへんかったら、そない捕まらへんねやさかい、電話ぐらい出ろや。
あんなァ、品川商事さんをお迎えする前に時間があったら、新大阪物産さんも寄ってくれ。」
何事にも余裕を持って行動する宮原。部下の特性を知っていて用を言いつける課長。
宮原は渋滞の状況を手短に伝え、確約できない旨を。とにかく、電話を切りたかった。
名神高速の下をくぐる。未だに渋滞の先が見えない。江坂では、横の電車が恨めしかった。
神崎川に差し掛かる手前、事故を見つけた。状況から見て、無理な合流と思われる。
さっきの渋滞が嘘のように東三国を越えて新大阪駅に。ぐるりと旋回して駐車場を目指す。
到着した品川商事の大崎部長を、ホテルまでお送りする役目だ。明日の会議は重要なのである。
ホテルは駅前であるため、同行は徒歩になる。車で来たのは、預かる荷物があったからだ。
早く着いたのも予定どおりである。宮原は駐車場へ入る指示器を出した。
新幹線の駅は、新大阪駅の2階にある。駐車場は1階南側だ。入る前、フェンスの中に
空きスペースを目視。だが入り口で満車と言われた。あれは予約分なのだ、と係員に言われた。
仕方がなく、車を駅前に停車。15分後には大崎部長が到着予定だ。不安を胸に仕舞った。
中央改札口へ。出迎えた大崎部長は上機嫌だ。ホテルまでお連れする。
お預かりした荷物を一旦、会社に持ち帰らなければならない。丁重に挨拶、駅へ戻った。
宮原の車は、そこになかった。路上に貼紙。レッカー移動されていることに気がつく。
時間にして約30分。駐車違反は違法行為である。違法と分かっているが、駐車場が満杯なら
仕事の場合、仕方がない。くだらないだろうが、サラリーマンは、こんなこととも戦っている。
書いてある指示どおり、違法行為を警察で認知。レッカー移動先へ引き取りに行く。
妻になんて言えばいいのか。反則金とレッカー料金、その上に駐車場料金も加算される。
大崎部長からお預かりした荷物を両手に抱えたまま、あっちへ行けこっちへ行けに従った。
携帯電話が鳴る。無事にお連れしたか、荷物は大丈夫か。課長に駐車違反を告げたら笑われた。
当然、会社が補填してくれる対象ではない。運転する以上、すべての責任は宮原にあった。
段々と怒りがこみ上げる。予約と言われたスペースは、駐車違反車レッカー移動用の確保だった。
あとがき
サラリーマンは気楽な稼業、という歌がありました。
サラリーマン時代、営業職でしたので駐車違反は付き物でした。
身代わりに捕まえてください、と言ったバカな上司が別部署にいたことを思い出します。
10年以上前、某新聞に掲載された報道を元に書いてみました。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00823
「えっとJ2009-JALは引き揚げですね。やっぱり粗利が出ませんか。
昔は品質がいいと言われたこともあったようですね。J1988-TDAは生産中止なんです。
当面は末番ANAで対応していただいた方がよろしいか、と。はい、かしこまりました。」
加西嘉彦が副店長の注文を確認している。得意先の意向を、きちんと反映しているようだ。
引継ぎも金曜で終わる。西脇洋介は安心した。特に播州建材さんは、上得意先。大切にしたい。
定期的な担当替えは、ルートセールスの常である。担当が長ければ癒着が起き易い。
必ず、と言った行事ではないが今回は転勤者が居るため、補填に新人が起用される。
その新人加西の指導が、中堅社員の西脇に命ぜられた。西脇は来月から大型店を担当する。
建築金物の卸は、過労に陥りやすい。緊急を要する発注など、直接に携帯電話が鳴る。
日に一度の配送センター手配で間に合わない時、担当営業が持って走ることが多い。
引継ぎ業務はまず、担当店舗の場所を覚えることが求められた。
社用車は加西が運転、西脇は専ら助手席である。時折、居眠りしていた。
加西の運転は、可もなく不可もなく。技術は悪くない。しばし速度超過することがあった。
西脇が助手席で船を漕いでいる。つい、社用車の物理的限界を試したくなる加西。
広範囲の移動に高速道路、有料道路の利用が多い。社はETCカードの管理を徹底させた。
特に、本体に挿しっぱなしを禁じる。盗難被害に遭ってからでは遅い。当然と言えば当然なのだが。
ふと目を覚ました西脇、寝ぼけ眼で異変を感じる。覗き込めば、速度計が尋常でない位置にいた。
西脇は慌てて加西を制す。おい、何km/h出しているんだ。
同時に、職務中の居眠りを犯した自身も反省。運転中のラジオ聴取を提案した。
FM放送で終始の音楽より、AM放送のトーク番組を勧める。会話が結構、おもしろい。
「西脇さん、私も時々やってしまいますよ。でも、このご主人はおもしろいなァ。」
リスナーの投稿ハガキが、番組内で読まれる。事実は小説よりも奇なり、と言われ。
いろんなハガキが読まれて、いろんな人生を知る。参考になることしばしば。
自身と違った環境でいれば、発想も異なる。様々な意見が存在し、影響を及ぼしあって社会が形成。
「そうだよなァ。このご主人、酒をやめたら済むことなのになァ。」
西脇も加西につられて番組にのめり込む。やはり一般の投書はおもしろい。
言い終えて西脇は、加西が速度超過しなくなったことに気がついた。
AM放送を聞き始めてから、のことである。いい傾向だ。西脇は自身の提案を確信する。
年頃の娘は、意思の疎通が難しい。長女と衝突。前夜、遅くまで起きていたせいか今日は眠い。
引継ぎ最終日。安心してバトンタッチできる、と西脇は心を弛緩させていたようだ。
予定訪問先をすべて回り、帰社して報告書の作成が待っている。うとうとしかけた西脇だった。
急に減速し停車する加西。何だ何だ、と目が覚めた。西脇には、すぐに事態が飲み込めない。
すぐ脇をふぁあん、と大型トラック。抗議のエアーホーンを鳴らしながら通過していく。
運転席には何食わぬ顔の加西がいた。口を大きく開けて笑っている。
トンネル突入前に設けられた緊急停車帯に、自分たちの車が止まっている。西脇は訊ねた。
「このトンネル、ラジオが聞こえないんですよ。ホント、この奥さん、ドジだなァ。あはははは。」
あとがき
高速道路や一般道のトンネルで、ラジオ電波が入らない場所があります。
移動時間が長い場合、聞き入っていることもしばしば。肝心なところで、トンネルに入ります。
画像の場所にはラジオ電波が入る旨を掲示してありますが、入らない場所は悲しいです。
中には没頭し、急に速度を落とすかたもいらっしゃるような気がするのですが。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00822
神戸市に移り住んで7年になる。未だに「来ない」の意を「けえへん」と言ってしまう。
「けえへん」は大阪弁。神戸弁だと「こおへん」になる。京都弁は「きいひん」だ。
家族と住んでいる訳ではないから、ご近所とも深い付き合いになる訳でもない。
深い付き合いができても、たぶん人には話さない。実は、あの、その。いや、教えないもん。
神戸の街は横浜のような、港町として発展した経緯がある。六甲山を背に大阪湾を前に。
海に向かって東西に広がる街だ。「港町神戸」なのだが、過去の市町村合併で、
六甲山より北の広範囲も神戸市になっている。私の住む場所は、港が見えない位置にある。
つまり神戸の華やかさに縁があるのは差出人欄程度のものであって、狸と山で暮らしている。
六甲山を登って降りれば、そこには洒落たモボやモガのいらっしゃる港町神戸。
しかし私は、行動の殆どが東へ赴き大阪府在住の頃と変わらず、大阪での用が多い。
いつまで経っても「けえへん」、神戸に住む大阪人がここにいる。
パリに住むアメリカ人は音楽にも成ろうが、私に成れるのは犯罪者が関の山。
未だに禁固や懲役の経験がないままに半世紀を過ぎようとしている。経験したいとも思わない。
もしそこでユニフォームを支給していただくようになれば、噂では番号で呼ばれるらしい。
先日、不動の4番レフトの座を自ら代打に格下げ要求なさった方がいる。阪神の金本選手だ。
その信頼性から「兄貴」と呼ばれ、「鉄人」とも呼ばれている。冠詞を疑う者はいないだろう。
金本選手の「鉄人」にたぶん2号、3号と後を続けていかれるのだろう。
いや、もう28号までいるのだ。阪神タイガース球団を応援する方々の多く住む、
JR新長田駅の近くに、その勇ましい姿を見せてくれている。一目見ようと訪れる人も多いのだ。
だが彼も、戸籍上の名前があるのかも知れない。私が「鉄人28号」としか知らないだけかも。
大阪府道14号大阪高槻京都線、という道路がある。大阪市の南森町から北へ伸び、淀川を渡り
東淀川区、摂津市 、茨木市や高槻市を通過して京都府に抜ける。京都府内は国道に重複する。
私たちは通称名の「産業道路」と呼んでいた。同じ呼び方は、他でも聞くことがあった。
道路が作られる時、計画や施工を管理する必要から、名前が付けられる。国道は番号で呼ぶ。
当初、都道府県が事業を行った道路が、国道に変わることがある。
県道と呼んで小学生は自転車の通行に、学校の通行許可証が必要だった道路が、今じゃ国道だ。
国道昇格、などと地域で称しているために昇進試験に合格したのかもしれない。
今度、そこを通過する時は赤飯でも炊こうか、と思いつつ未だにその後がないのは、なぜだろう。
港町神戸の発展を見てきた神戸税関の建物は、歴史を感じる。その当たりを国道2号線まで、
11車線の道がある。国道174号線は、最も短い国道らしい。187mだそうである。
道路法が改正され路線指定で、二級国道174号に。さらに48年前、2号線の切り替えがあった。
私が生まれた頃に、940mが187mに縮まったようだ。2号線が港に近づいたのである。
生まれた頃に身を縮めた、と聞くと私がその命を引き継いだか、の錯覚を覚える。
そう考えると、なんだか愛おしく思える。私は車を停めて、記念に撮影してみた。
おまえが私に命を授けてくれたのだな。よし、分かった。などと何が分かったのやら。
11車線の幅員は、私の体型に引き継がれている。あれ?私は、残りの人生も短いのかな?
あとがき
国道173号線、175号線、176号線は、私が頻繁に通行している国道です。
でも174号線の存在を知ったのは、恥ずかしながら最近のことでした。
こんな発見が何だか楽しく感じるのですが、年を取ったせいかも知れません。
別に知らなくても、大勢に影響はないのです。こんな喜びが、人生なのかもと今頃に。
最後まで、お読みいただきありがとうございました




