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Archive for 5月, 2010

No.00855

で、俺たち・・・どこまで逃げればいいんだァ?オープンしたバイキング料理のレストランは、どこだァ~?か、かしらに見つかっちまう~!

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向こうまで走れ、と言われたら途中で倒れるかも・・・

 

 

「おい、聞いたかよ。尾張の星野勘左衛門てえ、お侍がよォ。
 おっ立てた記録を、紀州の葛西園右衛門様が抜いたって言うじゃねえかよォ。」
「ああ、町じゃ専らの噂だよな。星野様の6,666本ってェ記録は、何でも
 寛文2年から6年間、誰も抜けなかったってェ、凄ェ記録だそうだぜ。」

「そりゃそうだろうよォ。通し矢の中でも、大矢数って言やァ1本通すだけでも大変なことだぜ。 
 それをよォ、葛西様は7,077てェ、とんでもねえ数だぜ。さすがだよなァ。」
「ああ。一昼夜だからなァ。すげえもんだぜ。」
三十三間堂にて行われた通し矢の話で、その日はもちきりであった。

京都東山の蓮華王院本堂、通称「三十三間堂」には後白河上皇の命により
1,001体の観音が安置されている。本堂西側の軒下、南から北へ向けて
通し矢の行事が、保元元年(1156年)から慶長10年(1605年)までの約450年間、行われた。
高さ約5.5m、幅約2.5mを120m程の長さに射る、実に豪快な競技であった。

中でも花形は「大矢数」と呼ばれるもので、暮六つ(午後6時)から始められ、
一昼夜に約1万本の矢を射る競技であった。そのうちで的に当たる数を競うものである。
立って射る、立射では不利なため座って射るのだが、今日で言うところの
エコノミークラス症候群(急性肺動脈血栓塞栓症)との戦いでもあったようだ。

明暦2年(1656年)、紀伊の吉見台右衛門が6,343本の記録を打ち立てた。
6年後の寛文2年、尾張の星野勘左衛門が6,666本を通し「天下一」を名乗ったが、
さらに6年後の寛文8年(1668年)には、紀伊の葛西園右衛門が7,077本の記録。
これに対し翌寛文9年5月2日、星野勘左衛門は再度挑戦する。

記録によれば総矢数10,542本のうち8,000本を正午までに通して新記録、
葛西の記録を塗り替えて再度、星野勘左衛門が「天下惣一」の名を手中にする。
しかしこの時、誰もが星野の打ち止め宣言を不審に思った。
傍目に見ても、今だ余力を感じる。星野は8,000本樹立で慢心したか。

長らく破られることのなかった記録に挑んだのは若干18歳の、和佐大八郎範遠である。
紀州藩に仕え、藩より稽古料を給される竹林派の弓術家だった。
貞享3年(1686年)4月27日、総矢数13,053本、そのうち8,133本を通す。
通し矢史上不朽の大記録は星野勘左衛門の記録を凌駕、和佐は功績により知行加増された。

順調に射る和佐であったが、夜明け頃から自身の異変に気が付く。
血が固まっているのだ。それを抜かねばならないことを、和佐は知らなかった。
いつの間にか現れし男が、懐の袱紗から取り出したのは馬針である。
かがり火に先を焼いて消毒、和佐の肩に当て血を抜いた。腕が軽くなり、続けて射ることが。

「かたじけのうござる。御貴殿は一体?」
深々と下げた和佐が顔を上げた時、既に御仁の姿はなかった。自ずと滲む感涙。
傍らの年配役人が手拭を差し出す。その時、ぼそりと告げた。
「あの方が天下一の記録保持者、星野勘左衛門茂則殿でござる。」

 

 

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あとがき
いつも私の随筆に協力的な先輩です。天橋立から宇治、市内と脈絡のない2泊3日の京都旅行。
最後に訪れたのは三十三間堂でした。幼少のみぎり、この話を本で読みました。
是非とも書きたかったネタであります。現地に来てみて、長さに驚きます。120mですから。
目を閉じて、当時を思い浮かべます。彼らは間違いなく、もののふであったようです。

 最後まで、お読みいただきありがとうございました





No.00854

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うらめしや~!おもてさかや~!!

 

 

「母上、行って参ります。」
「お待ちなさい、平太郎。帯が歪んでおります。いいですか、お父上は立派な方でした。
 あなたも横曽根光当(みつまさ)の子として恥ずかしくない人間になるのですよ。」
「わかりました、母上。では、行って参ります。」

奸計に落ち京を離れ、身をやつした母子であった。つつましく生き、逞しく成長する平太郎。
狩の一行、柳の老木に止まった鷹が足を枝に挟み、情けない声で鳴いた。
柳を切り倒せ、と家来に命じた。通り掛かった平太郎は、お待ちくだされと願い出る。
「柳を切るには及びますまい。みどもが矢にて枝のみを落としましょうぞ。」

好青年の毅然とした態度に、やってみやれ。きりきり、と弓をしならせ矢を放つ。
足の絡まる枝のみ見事に射た矢は、地面に落ちた。宙を再び、得た鷹が舞い降りて事なきを。
翌日、水辺で血を洗う娘に出会う平太郎。手の甲を怪我していた。流れ矢に当たったそうな。
懐を。懐を。やや、しまった。手拭を落としたようだ。平太郎は袖を破いて、娘に手当て。

美しい娘とは、それが縁で共に暮らし始める。過去の記憶を失った、身寄りのない娘。
平太郎に逆らわず、しなやかな身体つき。よし、お柳と呼ぼう。あい、平太郎様ァ。
やがて生まれた男の子。緑丸と名付け、平太郎の母と四人が仲睦まじく暮らす。
夜が白み始めたある日、皆はまだ眠っていた。お柳だけが激痛に目を覚ます。

京で後白河法皇が、1001体の千手観音像を安置するお堂を建立することに。
熊野御幸を重ねた後白河法皇は、熊野で見た柳を是非とも用いよ、と。早朝から切り出しが。
後の播磨守、平清盛が普請に資材協力。自身の最期を悟ったお柳。激痛に身をよじりながら
「起きておくんなまし、平太郎様ァ。起きておくんなまし、お母上ェ。」

今まで隠し、あい済みませぬ。実は私、平太郎様にお助けいただいた柳でございます。
お名残惜しゅうはございますが、どうか息災に。緑丸をお願い申し上げ。
信じよ、と言う方が無理であろうが、目の前に倒れるお柳は既に息絶えている。
表に飛び出した平太郎は、切り株を見る。柳の葉が悲しく、風に舞っていた。

運び出される柳の木、平太郎の家の前で止まってしまった。ぴくりとも動かない。
さぞかし無念であろう、お柳よ。共に暮らした日々は生涯、忘れることがないであろう。
願い出る平太郎。この男の妻か。この子の母親か。役人も目頭を押さえながら指揮を執る。
緑丸を木に座らせた。横たわる柳は、静かに動き始める。平太郎の涙は止まらない。

後白河法皇の離宮、その広大な法住寺殿の敷地に蓮華王院本堂が建てられた。
今日の三十三間堂である。境内には柳の木が植えられている。
三十三間堂と柳は密接なようで、いくつかの逸話が語り継がれているようだ。
頭痛持ちだった後白河法皇だが、前世は熊野の修行僧であった、と。

今でも眠る熊野の地、その頭蓋骨に柳が触れて伸びている。風が吹けば、骨に触る。
それが頭痛の原因である、と。柳は切られ新宮の浜まで運ばれた。海を渡って京に運ばれ。
おそらく大層、立派な木であったに違いない。労力を考えると、とんでもない話。
知識に明るくないが頭痛に効いたアスピリンは、柳から精製されるそうな。

 

 

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あとがき
「するってえとおら、おめえが化かした子をあやしてただか?
 ばあかこくでねえ。人間が木になんぞ、なってたまるもんか。
 おめえはいったいだれだ?何が目的だ?出てけ。そんな話、信じるもんか!」
平太郎は妻を、ぼかすか殴りました。日本で最初の、DV事件簿であります。

 最後まで、お読みいただきありがとうございました





No.00853

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おいしい物を食べると太るんです・・・おや、おたくも?奇遇ですなァ

 

「父ちゃん、母ちゃん。明日、俺たちだけで晩ご飯食べるから。」
「何、贅沢なこと言うてんの。それにあんた、まだ高校生やで。」
「そうやで。おまえらだけで夜、出歩くなんかアカンぞ。」
高校3年生の息子が親に提案。見事に門前払いだ。

「兄ちゃん、アホちゃうか。ああ、もうしんきくさいわ。
 あんな!父ちゃんと母ちゃん、明日は結婚記念日やろ?二人でご飯、食べといで。」
次男の後ろから現れた妹が封筒を差し出す。スヌーピーが描かれたそれを、母が覗いた。
「お兄ちゃんたち、バイトのお金を貯めてん。うちかて、ちょこっとやけどお小遣い。」

ひいふうみい、と母。よれよれの千円札が10枚。コップを置いた父が、目を丸くする。
「あんたら・・・こんなに・・・おおきにやで。」
ビールのせいか、先に涙をこぼしたのは父だった。立ち上がり、仏壇に供える母。
三人は顔を見合わせながら喜んだ。いただきま~す、と声を合わせて夕食に手をつける。

「美咲、ちょっと派手ちゃうやろか?やっぱ、ジーパンにしといたほうが。」
玄関の靴箱に組み込まれた姿見へ、右に左に動く姿が映される。今さら何を、と娘。
「ええから行くぞ。もう、何やっても遅いねやから。」
短気な父が母を急かす。二人の息子と一人の娘が、駅に向かって歩く両親を見送った。

阪急電車桂駅の前に待機するタクシーを見て、父は提案する。たまにはどうだ、と。
「何、言うてんのんな。河原町から歩いたらええ。電車やったら二人でも360円やんか。」
しっかりものの次男が予約してくれた長楽館は、円山公園の中にある。駅から徒歩15分程度。
ただでさえ贅沢、と父の申し出は母に却下される。父も今日は、抗わない。

「あんた!恥ずかしいよってに、きょろきょろせんといて。もう。」
案内される途中も、豪奢の造りに目が定まらない。言ってる母も、へえほおふうん。
ファミリーレストランで1,000円程度のものが、最近の贅沢な食事。
今日くらいはいいだろうと奮発する。肉のコースにした二人。先に注文は決められていた。

「父ちゃん、ナイフとフォークが反対や。もう、恥かしいなァ。」
「あのォ、すんません。割り箸、ありますゥ?あ、それと醤油あったら。」
「やっぱり、あんたと来るんやなかったわァ。」
「アホか。何、気取ってんねん。せっかくのご馳走やで。」

「小嶋優太様、誠二様、美咲様から承っております。この後、デザートをお持ちいたします。」
次々と飽きることなく言葉をぶつけ合う二人が、スタッフの言葉に静まった。
「19回目のご結婚記念日、おめでとうございます。」
十分に派手な演出のスィーツが運ばれる。他のテーブルからも、笑顔で拍手が送られた。

「あ、アホっ。泣くヤツがいてるか。お、おいっ。みんな見てはるんやぞ。」
感極まり、母が声を上げて泣き出す。さらに大きくなった拍手に、父はぎこちなく頭を下げた。
勧められた縁談で結婚。可もなく不可もなく。19年の様々が、二人の脳裏を駆け巡る。
帰宅。起きていた三人が冷やかす。アホ!早よ寝ェ。言った母がまた泣いた。父がそっと肩を。

 

 

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あとがき
100年の歴史がある長楽館は、レディースホテルや豪奢な作りのレストランになっています。
明治の実業家、村井吉兵衛氏の迎賓館として内外の著名人が利用したそうです。
こういった場所で食事ができることは、嬉しいことと思っています。
今回は、おっさん二人で行きましたがいつかは、美しい女性と。底辺にも、夢を与える建物でした。

 最後まで、お読みいただきありがとうございました





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