Archive for 8月, 2010
No.00947
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陰惨な事件だった。刑事たちがハンカチで口を覆う。この暑さである。
「犯行は2~3日前でしょう。腐敗がかなり進行していますね。怨恨の線が濃い、と思われます。」
被害者の身元はすぐに割れた。自宅での殺害だ。内縁の妻が3日前から消息を絶っている。
あまりの異臭に近所の主婦が通報した。元暴力団構成員。周囲の評判は良くなかった。
関由美子はテレビのリモコンを切った。妹の綾子が用意する、朝食ができたからである。
「女がやったんでしょ?どうせ捕まるのに、逃げるのね。」
目を細めて愛想笑いをする由美子は、合掌し箸を手にした。まず納豆を混ぜる。
「でも殺されて当然みたいな男だったようね。思い余ったのかしら。」
「綾ちゃん。この玉子焼き、美味しいわ。さすがね。」
「わかる?砂糖をやめて、みりんで甘味を取ったの。嬉しいわ。気付いてくれて。」
由美子の微笑は、その味ではなく話題を変えることが成功したことに対するものだった。
「私も綾ちゃんみたいに料理が上手だったら、お父さんを喜ばせたのに。」
仏壇のある部屋の方を見る由美子。病で主人を亡くし、早や3年になる。
夫を亡くした65歳と、若い頃に出戻った62歳。珍しくもない姉妹生活だった。
今日は月命日である。由美子は僧侶の友人に録音してもらった、経のCDをかけた。
終わってまた、テレビをつける。先ほどの事件について、ワイドショーで取り上げていた。
「世の中に要らない命なんて、ひとつもないのにね。」
「あら、もう捕まっちゃったんだあ。可哀想にアザだらけね。」
被害者の行状は酷いものであったようだ。殺害されても仕方がないような、そんな男だったらしい。
よほど耐えていたのだろう。被害者の身体には刺し傷が無数にあった、と報道されている。
「今年の夏も終わりね。あれほど煩かったクマゼミが、ツクツクボウシに変わったわ。」
「義兄さん、昆虫が好きだったもんね。アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシの順だった?」
「それにミンミンゼミとヒグラシが加わるの。ニイニイゼミは目立たないわね。」
2人は教えられた昆虫の生態知識を紐解いて、故人を偲ぶ。日の暮れるのが早くなってきた。
ぢりぢりぢりぢり、づづづ、つくつくつく、つく、つくつくおーし、つくつくおーし、つくつくおーし、
つくつくおーし、つくつくおーし、つくつくびいよ、つくつくびいよ、つくつくびい、びー
若い娘は美しい、と言われる。しかし由美子に美しい時期はなかった。
土にまみれて親の手伝いをし、親の勧めるがままに嫁いで殴られ蹴られの日々。
逃げるようにして出たものの、光が見えない人生。火を灯してくれたのは亡夫だった。
今、自由な時を過ごしているが、自分の人生が蝉のように思えてならない由美子。
いつも笑ってひょうきんな妹だって、人生に疲れて今ここに羽を休めている。
西の雲が赤身を帯びてきたのを見ながら、由美子は思いを巡らせた。
びーびびび、びー。乱れた脈を彷彿させるような、ツクツクボウシの鳴き声。
カラスがそいつを捕まえた。かわいそうに。それでもカラスだって、生き延びなきゃね。
「できたよ。姉さんの好きな、冷麦。姉さん?ね、姉さん?姉さん?」
綾子が姉を揺する。座ったままの、由美子の身体が縁側にごろん。その表情は穏やかであった。
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あとがき
10日まで「蝉時雨」、20日まで「施餓鬼」、30日まで「振舞水」と季語で書いてみました。
31日は総集編を書こうと思っておりましたが、望む画像が撮影できません。
近くの山に入り、あちこちを蚊に刺されながら撮影しておりました。
65歳くらいの元気な女性が山道を駆け下りてきます。良いもの撮れました~?だから静かに、お願い。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00946
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「あらいやだ。私ときたら、お勝手の錠も下ろさずに休んでいたのね。」
「あん?いいじゃないか。ここは見てのとおり、田舎なんだから。」
定年退職して越してきた田舎である。佐伯寛治と美佐子には、縁もゆかりもない土地であった。
かねてより2人が望んだ田舎暮らしである。雑誌の掲載物件を見て、購入を決めたのだった。
600坪にわずか切れる大きさに、2人は2,000万円を現金で支払った。
建物は和風意匠の注文建築。延床面積は40坪強だが、最新の住宅設備を導入した。
当初は3,000万円ほどの予算であったが結局、土地の倍額を支出することに後悔しなかった。
東京ほど暑くなく、冬は東京ほど寒くない土地。終の棲家と呼ぶに、ふさわしい住まいだった。
子供が居ない分、近所とはいい関係を続けているつもりである。
とは言うものの、最も近い杉田家でも100mほど離れている。
音響設備を大音量で鳴らしても届かない。2人はこの距離感が気に入っていた。
難点は水源地が遠いことであった。村は夏になると、頻繁に断水を決行する。
「あなた、次の土曜日は隣町の花火大会ですって。見に行きませんこと?」
美佐子は丸い縁の眼鏡をずらして夫の方を見た。新聞に載っているのを見つけたのである。
「帰りはバスがなくなるぞ。隣町の旅館に泊まることにするのか?」
「あら、それいいわね。しばらく外泊なんてしていませんわ、あなた。」
折角だから、あこへ行きたい、ここへ行きたい。あそこも悪くないぞ。
2人とも自動車運転免許を取得していない。山手線の内側に住めば、無用の資格であった。
行きたいところだらけ、である。運転ができないため、たいしてあちこちに出かけていなかった。
こうして2週間ほど、旅行して来ようと言うことになった。
「あら、佐伯さん。大きな荷物じゃけんど、どっか旅行にでも行きなさるんかいのォ?」
「これは杉田さん。ええ、2週間ほど旅行に行ってきます。」
バス停で待つ佐伯夫妻の前で、杉田啓介が車を停めた。反対方向でなければ送っていくのだが。
杉田は再び、車を走らせる。農協へ向かった。今日もまた、暑くなるだろう。
「敦は本当に漬物が好きじゃのう。ワシによう似とる。青山のおっちゃんに似んでよかったのお。」
「あんたァ。子供の前で何、アホなこと言うちょるがァ?敦はあんたの子に決まっちょろうが。」
「父ちゃんと母ちゃん、何を言うがぜ?ごちそうさまァ。ボク、お風呂に入るけん。」
「敦。今日は風呂、沸かしとらんで。昼間、断水やっつろが。」
「あ、そう言えば…佐伯のじいちゃんトコ、学校の帰りにじゃあじゃあ、聞こえたけんど。」
「いけん、いけん。開けたまま、行きなはったがぜ。あんた。佐伯さん、旅行や言うとらんかった?」
「おお、そうじゃそうじゃ。2週間ほど、戻らん言うとんなはった。敦、行って止めて来てあげェ。」
「うん。ボク、行ってくらい。」
30分ほどして、泣きながら戻る敦。啓介が心配し、どうしたか尋ねる。
玄関に鍵がかかっていたので勝手口に回った。施錠されていなかったので入ったが、中は暗い。
手探りでスイッチを探していたら、ガラスの花瓶を落として割った、と言う。
「あんた。どがいしょう?あれ、確かボヘミアン何とか言うて、500万ほどするやつながよ。」
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あとがき
まだまだ暑い日が続きますね。体調を崩されていませんか?
地方の、一部地域によっては水不足に困っていらっしゃることでしょう。
取水制限、断水。生活に支障を来たします。育った田舎で夏季の日中、よく断水がありました。
出ないから閉め忘れた蛇口から、大量の水。よくありましたねえ。いやあ大変でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00945
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移植した木が弱っていたのだろう、と思われた。造園業者の専務が学校を訪れ、侘びを言う。
記録的な台風被害であり、あながち造園業者に押し付けるのも世間の目がある。
校庭の隅であったことを幸いとし、掘り起こした後にバックネットを設ける案が採用された。
その費用を造園業者が一部負担することで、支払い済みの植樹費用を調整することに。
スナックホステスの渋谷朝子と関係を近くしたのは、まだ新婚の中野要一であった。
学園理事長の娘と結婚したものの、そこに愛情などなかったのである。
8月恒例の会場花火大会を2人は、小高い山の中腹で見ていた。花火が終わり、中野は車を動かす。
ドアを開けて後を確認、車を下げようとした。乗り出し気味の体。ブレーキを踏む足が滑ってずれる。
ずれた足が勢いよくアクセルを踏んだ。ぎゃっという声と共に渋谷が絶命する。
待て、冷静になるんだ。幸い、誰も見てはいない。落ち着き払って渋谷を車に運ぶ。
車に血が残らないように、大きめのビニール袋に死体を詰めた。当時、ゴミ袋は黒が主流だった。
どこに。どこに捨てる?そうだ。あそこだ。中野は、夜に誰もいない校庭横の道に車を停めた。
バックネットの基礎コンクリートを打設したばかりで、その周囲の土はまだ柔らかい。
運よく、仕舞い忘れた角スコを見つけて掘った。朝子の遺体を放り込み、上から土を被せる。
帰り、自販機のビールを立て続けに何本も飲んだ。手の振るえが治まらなかった。
妻はもう休んでいる。熱いシャワーを浴びて、ベッドに入った。その夜はとうとう一睡もできなかった。
「中野先生、いい加減に首を縦に振ってくださいよォ。」
「だめだ。だめだ、と言ったらだめだ。」
「中野先生のお嬢さんたちも、プールで泳ぎたいはずですよ。ねえ、中野先生。」
「おまえみたいな、エロ業者がいるからいかんのだ。わしはもう、行くぞ。」
市内に支社のある、中堅ゼネコンの営業担当が何度も足を運ぶ。体育主任の中野要一が反対。
理事長を含めた職員会議でも、何度かプール建設の案が出されたが中野が反対する。
他の私立高校が水泳で功績を挙げており、生徒確保の意味でもプール建設に注目が集まっていた。
中でも推進派の豊島亮平は、理事長の二番目の娘と婚約していた。中野の義弟になる予定だ。
野球部の実績はあったが隣接の閉鎖工場跡を落札し、野球部の練習が昨年から移動している。
時折、使ってはいるものの、プールを建設するのであれば既存バックネットの撤去が求められる。
中野の主張は、甲子園の花である野球部の強化が潤沢な新入生確保の近道、と言う。
さらに中野は、高校生の水着着用について風紀が乱れる、という前近代的な概念を譲歩しない。
喫茶店で忍び会う豊島と業者。1cmほどの厚みがある封筒が、豊島に渡される。
次回の職員会議で豊島は懐柔策に出る。中野を認めて、妥協案を模索する提案を始めた。
相も変わらず主張していたのでは怪しまれる。中野も歩み寄る姿勢を演じて見せた。
会議が水入りとなり、休憩を挟む。豊島が中野に近づき、PETボトルを差し出した。
「中野先生のような、毅然とした方がいらっしゃるから学園も安泰ですよ。」
中野先生はプール設置に耐えられるか、校庭の地質も心配していらっしゃる。マウンドのあたりで
地質調査をしたらどうか。再開された会議で豊島の意見。その辺りなら、と中野は逆らえなかった。
事前に根回し、理事長の了解を得て業者はバックネット基礎周辺も。おい、何か出てきたぞ。
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あとがき
プールのない学校も多いはずですが、建設だけでなく維持にも莫大な費用が必要と思います。
これからいよいよ少子化が進み、税収が落ちれば公立学校での維持が難しくなりそうです。
未来を支えてくれる子供たちに、様々な教育をしてあげたいものですが、その裏に
大人の身勝手があったりするのでしょうね。おお、いやだいやだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました


