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No.00911

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受話器を置いた美津子は、懐かしい気持ちの自分に驚いた。もちろん、ときめきなどない。
かと言って、夫を愛していない訳ではなかった。半年に一度は戻ってくる。
妻に会うことより、2人の子供に会うために。結婚して15年も経てば、そんなものなのか。
夫は社の転勤辞令を一度も拒まず、すべて単身赴任と言う形で受けてきたのである。

幸いにして2人の子供は、できがよかった。姉の方はスポーツ万能だし、成績も悪くない。
年子の弟は、いつも首位である。もっともまだ6年生だから、今後も気を緩めたくないのだが。
夫の母親、昭子が経営する居酒屋の手伝いをして、美津子たちは生活をしていた。
夫も給与を入れ、特段の経済的不自由はなかった。しかし義母は、貯蓄があまりなさそうである。

昭子と美津子は、他人であったがよく似ていた。どちらもおよそ美とは無縁である。
酒が強く2人とも朗らかだ。そのせいか、店は常連客で繁盛していた。
しかし客の目当ては義母の妹、和子であった。いつまでも若々しく、とても60近いとは思えない。
すべてのサイズが20代の頃から変わらないらしい。ともすれば、美津子より若く見られた。

刺身、煮付け、塩焼き。海辺の居酒屋は魚のメニューが多かった。
肉のメニューがない訳ではないが、注文する客は稀であった。何も言わない常連などには、
煮付けたものを適当に見繕って出す。文句も言わず箸を付け、ちびりちびりと飲んでいた。
客の中には漁業従事者が多く、同じくらい工員もいた。近くに大きな工場がある。

がら、と引き戸を滑らせて入って来たのは和子である。4日ぶりの帰宅だった。
厨房に入り、お姉ちゃんちょっと、と昭子の手を引っ張る。2人は奥に入っていった。
どちらかと言えば無頓着な美津子である。気にも留めない。前にも何度か、こんなことがあった。
そのあと決まって、しばらく帰って来ないのである。出てきた和子は、また店の外に出てしまった。

子供たちを学校に送り出す。美津子は、仕入れた魚のうろこを落とした。大きな魚は頭を落とし、
三枚におろして、刺身用に柵取りする。小さな魚は、煮付けや塩焼き用に内臓を出した。
その間、昭子が惣菜を煮付けた。どちからかが所用で外出しなければいけない場合、もう片方が
すべての作業を行う。今では美津子の作る惣菜も、昭子と同じ味になっていた。

「もうお昼だね。」
昨日の刺身の残りを、醤油と酒にみりんを僅かに垂らした物に漬け込んでいる。
昭子は美津子にまず差し出し、続いて自分の分もご飯にそれをのせ、生玉子を同様に落とした。
2人の賄いは、昨日の残りが多い。てんぷらを温め直すこともある。煮付けが残れば、煮付け。

食べ始めてすぐ、昭子が胸を押さえてうずくまる。発作はやがて治まった。昭子は食べながら、
静かに話し始めた。もしものことがあれば、和子を頼むと。昨日もやはり無心であった。
表には男が待っていたのであろう。妹は私と違って、子供の頃からかわいくてねえ。
早くに嫁いだけれど、マザコン夫の母親に苛められて出戻ったらしい。気の毒な過去であった。

腐らなきゃ、時間が経っても魚は美味いもんなんだ。どうやって扱うか、だよ。
残り物の刺身だって、漬け込んでおきゃこんなに美味い。人間、贅沢さえ言わなけりゃ幸せに
なれるもんさ。和子は綺麗なばっかりに、苦労してばっかりだ。見ちゃいられないよ。
どうせ、また捨てられるのにさ。ごちそうさま。そうそう、大福をもらったんだった。食べるだろ?

 

 

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あとがき
子供心に美しく思える人が、近親者にいました。男の人が脂下がる姿を、情けなく感じたものです。
結婚が遅かったようですが、結婚しても男の人に声をかけられるとついて行きます。
子供でも大人の話を覚えているものですね。子供の産めない身体になっていました。
まだ50歳くらいで亡くなったようです。人の幸福って何なのでしょうね。

                             最後までお読みいただき、ありがとうございました


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6 つのコメントがあります to “づけ”

  • netowl より:

    昔は、めでたしめでたし、という言葉とともに幸せがくると思っていました。
    最近、よく思います。幸せは人それぞれで、絶対的な幸せなんてないんだなあって。

    照子さんと美津子さん、価値観が同じで幸せそうです。
    でも、それなりに苦労はあったのでしょうね。

    Tag に笑ってしまいました。
    “づけ”からこんなにたくさん連想できるとは。
    逆引き辞典のようですね。
    こういう発想、私もできたらいいなあ。

  • Powder Sugar より:

    お魚はどうやって扱うか・・・なんですね。
    この年になってもいろいろと料理については学ぶことが多いです。

    海の近くはお魚が美味しくていいなぁ~♪
    そういうところでお酒を飲むのも・・・

    って~! どうもそっちにいってしまう`゙;`;:゙;`;:゙`;:゙;`ヽ(゚∀゚ゞ)ブッ

  • くまさん より:

    づけ・・・たしかに美味しいですよね。それに古人の知恵が生かされている食べ方ですネ

  • りん より:

    『亭主元気で留守がいい』
    流行りましたね~。
    なんだかさみしいフレーズです、私には。

    美しいだけがすべてではない、ですよね。
    それに、美しいかどうか、という基準も人それぞれですし。

    和子さん、今からでも幸せになれたらいいのに、
    と思ってしまいました。

  • ゆたか より:

    美味しそうだよ~♪
    食べた~~い♪
    ロコかぜ・・・ここまで来たよ~♪

  • yamayuri より:

    お刺身のこらなくても作ります。

    柵になっているの買ってきて半日たれにつけて。

    美味しいですね。

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