No.00950

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物質をある角度から見た時、それの形状や色彩などに惚れ込むことがある。
しかしそれは、必ずしも全容を物語っている訳ではない。むしろ端的な思い込みに終わってしまう
ことの方が圧倒的に多いはずだ。例えばメトロノームを静止画像で見た場合、それが下からだと
単なる方形に過ぎない。十分な光がなければ、四角い影と言い伝えられるのだろうから。

ソファの横に置かれたマガジンラックには、そこから溢れんばかりの雑誌が押し込められていた。
千種勇作はくつろぐ時、どちらかと言えばテレビの画面にあまり集中していない。
報道番組だろうがバラエティ番組だろうが、見るとはなしに点けているだけである。
BGVのように流しながら、今夜もマガジンラックをまさぐった。

食事が済み、淹れた茶を夫に差し出す佐枝子。台所に戻り流しの片付けを終えて、夫の横に座った。
娘は嫁ぎ、息子も今では東京の会社に就職している。おそらく、子供たちと暮らすことはないだろう。
2人の楽しみは、老後の生活を心に描くことであった。雑誌はすべて、田舎の生活に関する本である。
今夜も2人は、ああでもないこうでもない、と盛り上がった。ここ半年で、随分と知識を得た。

雑誌に掲載の物件で、見栄えが良さそうな物を見つけると、まず足を運んだ。
そう遠くない場所にホテル宿泊し、ゆっくりと見て回る。移動は専ら、タクシーを使った。
定年に近くなると、朝早く目が覚める。ホテルの朝食バイキング開始時間が、遅いくらいだ。
ホテル側でも希望の5時半からは、提供できない。当然だが、夫婦が妥協した。

朝食を済ませた2人は、ロビーのソファに腰を沈める。そこには、ゆっくりとした空気が流れた。
前夜から予約しているものの、タクシー側も8時の到着が限界であった。待たねばなるまい。
都会ほどいい姿勢での歓待は望めないが、人の良さそうな老人の運転手だった。乱暴に発進させる。
「今日もいい天気ですねえ。お客さんたち、どっからお見えです?」

「そうですか。名古屋からねえ。こんな田舎に住みたいですか?」
生まれも育ちも、名古屋の夫婦である。田舎暮らしに憧れていたことを、素直に語った。
「それで、この物件をねえ。ええ、ここです。着きましたよ。」
管理物件の看板がついていた。ホテルと同じ市外局番の電話番号だ。地元の業者なのだろう。

2人はひと目で気に入り、半年後の定年を待たずして購入を決めたくなった。少しずつ、手直しすれば
今からでも、遅いくらいかも知れない。ホテルのあった町の中心部から、いくぶん山を上がるために
何よりも眺望がよかった。家の裏には200坪ほどの畑がある。耕作されていないところを見ると、
随分と前から居住者がいなかったに違いない。今の2人には、どうでもいいことであった。

勇作はデジタルカメラで、ぱしゃぱしゃと撮影する。表だけではなく裏からも当然、撮影した。
「お客さん、あの物件が気に入られたんですか?あれねえ…」
狭い道路に対向車が来たため、運転手は離合できるところまでタクシーを後退させた。
伴って話も中断する。2人が年間の気候などを聞いたため、再開を見ずにホテルへ到着した。

ゆっくり食事をしながら、デジタルカメラのモニター画面で再現する思い。
「あら、お父さん。大変よ。列車の時間がなくなっちゃうわ。」
ローカル線で、下り列車の最終は早かった。流れる時間の速度が違うことに、2人は気付かされる。
これにしようじゃないか。地元不動産業者に電話する。実は、と自殺物件であることを明かしてきた。

 

 


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あとがき
不動産を購入する場合、宅地建物取引業法で資格者による事前説明が義務付けられています。
重要事項説明と呼ばれるものですが、購入前には告げるべき内容があります。
例えば前居住者や所有者が不幸にして物件で自殺なさった場合、告知義務があります。
それ以外も告知事項はあります。でも気に入っていると、妥協してしまうんですよね。恋愛も?^^

最後までお読みいただき、ありがとうございました

No.00949

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立ち上がって激昂する国領定一。拳で机を何度も小突いた。
前の椅子に座らせられている、部下の布田礼司が怯えて縮こまっている。
立ち上がっても低い背丈の上司。150cmほどである。比べて部下は190cmに近い。
ミスで叱られているのではなかった。彼だけが、ぎりぎりの営業目標達成である。

「いいか、みんなもよく聞け。こら、仙川。資料作りは後にしろ。
 目標なんてものは達成して当然だ。プロたるもの毎月、110%以上をこなせ。」
課員たちはビクビクして聞いている。仙川もだった。切るに切れないところだっただけで。
数々の挙績を残し、本社営業部に国領ありと轟く。その後すぐに、営業部長へと昇進したのであった。

国領に鍛えられた部下たちは、次々と昇格していった。一様に芳しい営業成績を叩き出していく。
国領自身、若い頃に鍛えられた経緯がある。笹塚専務だ。国領は笹塚のお気に入りだったのである。
笹塚専務が失脚したのは、意外な原因だった。長男が覚醒剤を所持、現行犯逮捕されたのであった。
辞表を提出、社を去る背中は飛ぶ鳥を落とす勢いのかつて、とは違っていた。

取締役会で社長は、代田橋常務を専務昇格に提案した。異論は出ることもなく、会を終える。
正式には四月後であったが、内示の噂は社内を駆け巡る。国領部長が常務昇格か、と囁かれた。
翌週、常務室に呼ばれた国領。ついほころびそうになる。顔の筋肉を引き締めて、ドアをノックした。
老眼鏡をずり下げ、国領であることを確かめた代田橋常務。それを外して、ソファに移った。

「ところで国領君はいくつになる?」
「はっ。自分は今年、55歳になりましたっ。」
「そうか。見た目は、まだまだ若そうなんだがな。そろそろ、将来を考えておかないといかんな。」
話の路線が、何となく違うような気がした国領。じっと常務の目を見上げる。

「出向先だよ。定年を過ぎても、働きたいだろ?」
「はあ。今まで考えてもいませんでした。出向ですか。」
「君は暢気だねえ。世の中はどんどん、変わっているんだよ。追随できないようでは困ったもんだ。」
役員として残れるもの、とばかり考えていた国領。肩をうな垂れて、常務室を出た。

常務室に入る前に、廊下の窓から見えた雲ひとつない空。今は、違っていた。
それから程なく、新常務の人事が耳に入ってきた。技術畑の喜多見部長。代田橋常務の子飼いだ。
あ、と小さく声を漏らした国領。喜多見の名を聞いたことがあった。以前、新製品の開発で
笹塚専務と剣付き合わせた男だ。社の流れは、笹塚専務派から代田橋常務派と、変わっていった。

社内の誰にも教えたことがないショットバーへ、その足を向けた。ワイルド・ターキーをロックで煽る。
入社以来、社のためにがむしゃらだった。妻の流産も、労わることもなく。それどころか、煩わしい話を
持ち込む妻に、腹さえ立てた。それがどうだ。社は貢献度より、派閥を選択したのである。
好きな酒のはずが、段々と気分が悪くなった。一蓮托生、サラリーマンの悲哀に悪酔いしたようだ。

「国領君。先方が是非にと言って来ているんだよ。年収は4割下がるが、70歳まで働けるぞ。」
「常務、ありがとうございます。折角ではございますが、お断りしてください。」
「ん?なんだあ?ワシに恥をかかせる気かね?だいたいだなァ、営業バカの君を誰が拾うと言うんだ。」
「はい。バカですので難しいことは、わかりません。田舎に帰り、これからは晴耕雨読の暮らしを…」

 

 


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あとがき
宮仕えの出世なんて、運が8割9割な訳です。それをあなた、一喜一憂していません?
人間の幸せなんて、そんなところにあるんじゃないと思いません?
限られた時間です。いろんなことを考えた人間の方が、幸福だとは思いません?
つう訳で放浪の身、私は2週間ほど帰宅しておりません。予約投稿なので、たぶん…^^

最後までお読みいただき、ありがとうございました

No.00948

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ランドセルにカバーをかけるが、竹とんぼをビニールの袋に入れて仕舞い込む。
しとしと雨の降る中、傘を低く構えて歩く。いつもの雨の日以上に慎重だ。
教科書やノートを濡らせても、これだけは濡れさせたくない。何度も作り直したのだから。
口先は不器用だが、手先が器用な岩沼浩司。昨夜遅くまで要し、できた逸品である。

「おはよ、浩司君。」
「おはよ。そして誕生日、おめでとう。」
浩司の少し後に、教室へ入ってきた亘理敬三。小柄ですばしこい少年だ。成績も悪くなかった。
「え?もしかして、浩司君の作ってくれた竹とんぼ?」

「いつか欲しいって言ってただろ?ウチの倉庫で飛ばしてみたけど、いい出来だぜ。」
浩司の作る竹とんぼは、まるで大人が作ったように精巧だった。
男の子たちの間で有名である。案の定、みんなが群がって羨ましがった。
「本当にありがとう。大切にするよ。あ、そうそう。浩司君の誕生日はいつなの?」

「ボクは9月1日なんだ。しばらく敬三君がお兄さんだね。」
チャイムが鳴り、席に着く生徒たち。2つ前の斜めから、敬三は何度も浩司の方を見た。目を細めて。
8月が終わり、新学期が始まった。家を出てしばらくした浩司は、図画の風景画を忘れて家に戻った。
教室には真っ黒になった生徒もいた。みんな元気そうだ。着いてすぐチャイムが、教室にも鳴り響く。

休み時間になり、あちらこちらで夏休みの話をしていた。家族で旅行に出かけたいた生徒もいた。
亘理敬三も父の実家に行っていたらしく、その話をしていた。周りに数人の生徒がいる。
次の休み時間には、敬三の周りに集まる生徒の数が増えた。笑い声が頻繁に。敬三は話上手だった。
その日は午前中で終わった。午後から職員会議らしい。浩司は、寂しい思いを隠して下校した。

「え~。開発部のイワヌマコー、もといイワヌマヒロシ課長が本日をもって定年退職となり・・・」
銀行から来た社長、栗原俊正が朝礼で紹介した。会長の娘婿でもある。まだ40代、2年目だ。
「やっと名前を正確に覚えていただいた頃に、定年退職となりました。お世話になりました。」
一部が苦笑したが、みんなが拍手で送る。人柄が偲ばれる送り方だった。惜しまれる存在である。

マドンナと呼ばれた総務部の名取玲子から、花束を渡される。遊びに来てくださいね、と小声。
微笑み返したが、それ以上の器用さを持ち合わせていない。37年間、世話になった会社に門で礼。
ボランティアに出かけている妻が帰宅するのは、たぶん夕方だろう。浩司はファミレスで、本を読む。
夜の帳が降り始めた頃、帰宅。近所に住む息子夫婦も来ていたのには、さすがに驚いた。

暑い時は鍋がいいんだよ、と息子が孫に言い聞かせていた。勤務時代の話を、妻が次々と繰り出す。
そういうこともあったな。浩司は懐かしく思い出す幸福を、鍋の具と共に味わった。
「それで、お父さん。明日から、どうなさるおつもりですか?」
息子の切り出しに、全員が箸を止める。どうやら息子の役目だったんだろう。

「今すぐとは言わないが、老後は育った宮城へ帰りたい、と思っている。」
「わかっていました。田舎にも連絡してあります。市長をなさっている亘理さんが、任せろと
 おっしゃっていましたよ。いろいろ便宜を図りたがっていたわ。あなたに借りがあるんですって。」
同郷の妻は、何度も帰省していた。借り?何だろう。思い当たらないが懐かしい名前だった。

 

 


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あとがき
若い頃に、得意先で脱サラなさった方から聞いたことがあります。
退職時に上司を殴ってやろう、と思っていた。しかし離れる日が近づくにつれ、バカな思いを反省。
そんなことをするヤツは、ロクなヤツじゃないんだ。私は脱サラで40歳を前に退職しました。
礼を忘れずに、去ったつもりです。定年頃にはどうするんだろう。今が定年後みたいなものだし。

最後までお読みいただき、ありがとうございました

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