Posts Tagged ‘仙台’
No.00741
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ぽかぽかと気楽な、いや安穏とした昼下がり。
手入れの怠った庭に面した縁側で、初老の男が爪を切っている。
「ちょっとォ!おとうさん、飛ばさないでよ。」
傍で老眼鏡を掛けた、同じく初老の女が見ている婦人画報の上に飛んできた。
「ああん?飛んだか。これはとんだことで。あいてっ。」
老眼鏡をかけるのが面倒臭く、つい深爪をしてしまう伊賀隆造であった。
傍にいたのは妻の伊賀光子。小柄な夫と違って、上も横も大きな女である。
2人とも目が悪くなかったせいか、普段は老眼鏡も用いない。
工場に勤務する夫の定年と同時に、妻も2年を残して昨年退職した。
特に考えるところがある訳でもないが、子供のいない2人は得策と考えた。
定年になれば日本中を旅しよう、などとありきたりな夢を語る。
給与は多くなかったが子供にかける必要もなかった2人は、経済的に無理がない。
簡単なもので済ました昼だったが、隆造はどうも物足りない。
「おい!今夜は久し振りに、寿司でも食いに行かないか。」
「あら、賛成。私もお寿司を食べたいなって、思っていたところなの。
だってお昼は簡単でいいって、おとうさんが言うもんだから。」
てくてくと2人は歩き、駅近くの暖簾をくぐった。
店を開けたばかりだったせいか、客はまだいない。隆造と光子は奥のカウンターに。
「おとうさん、今日はお任せコースでもいい?」
カウンターに置かれたメニューに書かれている8千円に、隆造は少しだけ臆した。
それを悟られまいと如何にも豪気な顔をするが、光子にはすっかり読まれている。
「へい、お任せコース。毎度ォ。」
こはだ、剣先と出され白身の魚に光子の顔がほころぶ。このヒラメは美味いと隆造。
大将もヒラメではなくカサゴ、ハマチではなくシマアジと、ついぞ言えず。
「単身赴任の弟からカマボコが届いてさ。仙台じゃヒラメで作ってるんだぜ。」
帰り際に別の客が話す言葉、光子の頭にこびりついている。帰路、夫に提案した。
「仙台か。サラリーマンの転勤希望ナンバー1のところだな。」
翌日、インターネット画面の前に、2人は頬を寄せる。ああだこおだ、と時間が過ぎた。
おいここも、あらここも、とプリンターにA4の用紙が溜まっていった。
年が明け、ネットで予約したフリーツアープランに2人は出かける。
牛タンだ、寿司だと美食家気取りの2人が貪る。青葉城址から見下ろせば大きなくしゃみ。
「あなた!お蕎麦、食べに行きません?」
プリントした用紙の1枚をタクシー運転手に見せる。若林区ですね、30分かかりませんよ。
「あさひ支店」と書かれた店の外観は、商売に貪欲とは思えなかった。
誠実そうな御亭主、優しそうな奥さん。ここが、ネットに載っていた蕎麦屋だな?
黙々とすすり終えて蕎麦湯を飲む。隆造と光子は同時に溜息。寿司屋の時よりにこやかだった。
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あとがき
神戸に移り住んで7年。大阪、神戸を含めて美味いうどんにあまり、出会えません。
ツユが私の口に合わないのでしょう。醤油だけの味は苦手ですし、麺も讃岐でなく手抜きが。
蕎麦に至っては無理もないですね。日中の寒暖差が激しくないと美味くならないそうです。
気候が厳しい分、東北の方はおいしい蕎麦を召し上がっていらっしゃるようです。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00608
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ホテルに車を停める。チェックインを済ませ、荷物を部屋に。
シャワーだけ浴びて、カメラと財布だけ持ち出した。おっと紙袋、こいつは重いぞ。
仙台駅の周辺は賑やかである。東北随一の経済力を、肌で感じた。駅も広い。
腕時計を見ると、アポイントの時間にまだしばらくの余裕があった。
仙台駅前から西に延びる商店街、仙台クリスロードを歩く。
関西でも見覚えのあるチェーン店や、いずこも変わらぬディスプレイ。
恐らく日本中、繁華街は同じようなものなんだろう。
買う気がないから、些細な違いにも気がつかない。それはそれでいい、と開き直る。
七十七銀行の角を逆に折れた。もう看板が見えている。分かりやすい位置だ。
しばらく人間ウォッチングでもしようか、と思ったら見られていた。
くすくす、と笑い声は仙北商事の社長の側近、伊達静香さんだった。
時計を見ると5分前。この辺りのスタンスが同じだ。促されて店に入る。
「ご無沙汰しています。呼んでもろて、えらい済んまへん。ようさん、待ちはりました?」
「いいえ。同じ頃じゃないかしら。そうそう、岡崎は今日、急用で失礼します。」
お会いするのは2度目だが、とにかく切れる女性だ。もちろん短気という訳ではない。
むしろ気が長いようにさえ錯覚するのは、彼女が才媛だからであろう。
私にとって、今回も交渉相手がどちらでもよかった。彼女はすべて、把握しておられる。
今夜のビジネスは金融機関に納入する、カラーボール・ガンであった。
現金輸送車の取次ぎ時、有事に備えて携えるカラーボールを、投げるのではなく
模型銃で撃つのだ。殺傷能力がないのは、言うまでもない。投げるより扱いやすい。
「今夜は、ご馳走させてくださいね。」と言われたが、私のビジネスはたいてい同じだ。
食事の席に招かれ、財布を開くことはない。9割がたの商談は済んでいる。
店も先方の指定であり、仙台と言えば牛タンである。ほぼ満員と思われ、評価が想像できた。
先に生ビールをいただくが、飲んだのは私だけだった。まったく飲めないらしい。
営業職の私は、同時にいくつもの話に気が行ってしまう。あちこちのテーブル、その会話。
勤務先の上司が部下に説教。たしかさっき、無礼講と言っていた。男女の親密な会話、
考え直して欲しい、と泣きそうな顔をする男に女は、携帯メールばかり見てそ知らぬ顔。
きょろきょろしている時に、メインの牛タンが出てきた。いい香りだ。
「どうぞ、冷めないうちに。食事もビジネスも、頃合が大切ですわね。」
ある都銀本部の総務部長が代わったことを、如才なく把握しているようである。
厚めに切られた牛タンは、細かく切れ目が入っていた。気遣いこそが成功の秘訣。
来月頭には試作品が5ケース、納入されることだろう。予想以上の注文だった。
伊達さんが、帰宅にJR仙台駅を利用することは知っていた。別れ際に、鍵を渡す。
「これは、仙台駅のコインロッカーですの?」
持ち歩くと煩わしかろう、と預けておいたことを告げる。彼女は、笑みを残して踵を返した。
ホテルでパソコンを立ち上げる。今頃は神戸土産に、ずしりと腕が下がっている頃だろう。
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大阪では牛タンを通常、薄くスライスしています。
軽く炙るとレモン果汁を絞って、塩を振ります。
好みもありますが大阪ではオードブルであり、最初に口にするのです。
仙台での牛タンチェーン「利休」では、厚くカットされて細かい切れ目が嬉しかったです。
最後まで、お読みいただきありがとうございました



