Posts Tagged ‘定年後’
No.00948
![]()
← 【人気ブログランキング】応援していただくと嬉しいです^^

ランドセルにカバーをかけるが、竹とんぼをビニールの袋に入れて仕舞い込む。
しとしと雨の降る中、傘を低く構えて歩く。いつもの雨の日以上に慎重だ。
教科書やノートを濡らせても、これだけは濡れさせたくない。何度も作り直したのだから。
口先は不器用だが、手先が器用な岩沼浩司。昨夜遅くまで要し、できた逸品である。
「おはよ、浩司君。」
「おはよ。そして誕生日、おめでとう。」
浩司の少し後に、教室へ入ってきた亘理敬三。小柄ですばしこい少年だ。成績も悪くなかった。
「え?もしかして、浩司君の作ってくれた竹とんぼ?」
「いつか欲しいって言ってただろ?ウチの倉庫で飛ばしてみたけど、いい出来だぜ。」
浩司の作る竹とんぼは、まるで大人が作ったように精巧だった。
男の子たちの間で有名である。案の定、みんなが群がって羨ましがった。
「本当にありがとう。大切にするよ。あ、そうそう。浩司君の誕生日はいつなの?」
「ボクは9月1日なんだ。しばらく敬三君がお兄さんだね。」
チャイムが鳴り、席に着く生徒たち。2つ前の斜めから、敬三は何度も浩司の方を見た。目を細めて。
8月が終わり、新学期が始まった。家を出てしばらくした浩司は、図画の風景画を忘れて家に戻った。
教室には真っ黒になった生徒もいた。みんな元気そうだ。着いてすぐチャイムが、教室にも鳴り響く。
休み時間になり、あちらこちらで夏休みの話をしていた。家族で旅行に出かけたいた生徒もいた。
亘理敬三も父の実家に行っていたらしく、その話をしていた。周りに数人の生徒がいる。
次の休み時間には、敬三の周りに集まる生徒の数が増えた。笑い声が頻繁に。敬三は話上手だった。
その日は午前中で終わった。午後から職員会議らしい。浩司は、寂しい思いを隠して下校した。
「え~。開発部のイワヌマコー、もといイワヌマヒロシ課長が本日をもって定年退職となり・・・」
銀行から来た社長、栗原俊正が朝礼で紹介した。会長の娘婿でもある。まだ40代、2年目だ。
「やっと名前を正確に覚えていただいた頃に、定年退職となりました。お世話になりました。」
一部が苦笑したが、みんなが拍手で送る。人柄が偲ばれる送り方だった。惜しまれる存在である。
マドンナと呼ばれた総務部の名取玲子から、花束を渡される。遊びに来てくださいね、と小声。
微笑み返したが、それ以上の器用さを持ち合わせていない。37年間、世話になった会社に門で礼。
ボランティアに出かけている妻が帰宅するのは、たぶん夕方だろう。浩司はファミレスで、本を読む。
夜の帳が降り始めた頃、帰宅。近所に住む息子夫婦も来ていたのには、さすがに驚いた。
暑い時は鍋がいいんだよ、と息子が孫に言い聞かせていた。勤務時代の話を、妻が次々と繰り出す。
そういうこともあったな。浩司は懐かしく思い出す幸福を、鍋の具と共に味わった。
「それで、お父さん。明日から、どうなさるおつもりですか?」
息子の切り出しに、全員が箸を止める。どうやら息子の役目だったんだろう。
「今すぐとは言わないが、老後は育った宮城へ帰りたい、と思っている。」
「わかっていました。田舎にも連絡してあります。市長をなさっている亘理さんが、任せろと
おっしゃっていましたよ。いろいろ便宜を図りたがっていたわ。あなたに借りがあるんですって。」
同郷の妻は、何度も帰省していた。借り?何だろう。思い当たらないが懐かしい名前だった。
← 【人気ブログランキング】いつも応援をありがとうございます m(_ _)m
あとがき
若い頃に、得意先で脱サラなさった方から聞いたことがあります。
退職時に上司を殴ってやろう、と思っていた。しかし離れる日が近づくにつれ、バカな思いを反省。
そんなことをするヤツは、ロクなヤツじゃないんだ。私は脱サラで40歳を前に退職しました。
礼を忘れずに、去ったつもりです。定年頃にはどうするんだろう。今が定年後みたいなものだし。
最後までお読みいただき、ありがとうございました
No.00741
← 【人気ブログランキング】応援しておくんなまし m(_ _)m
ぽかぽかと気楽な、いや安穏とした昼下がり。
手入れの怠った庭に面した縁側で、初老の男が爪を切っている。
「ちょっとォ!おとうさん、飛ばさないでよ。」
傍で老眼鏡を掛けた、同じく初老の女が見ている婦人画報の上に飛んできた。
「ああん?飛んだか。これはとんだことで。あいてっ。」
老眼鏡をかけるのが面倒臭く、つい深爪をしてしまう伊賀隆造であった。
傍にいたのは妻の伊賀光子。小柄な夫と違って、上も横も大きな女である。
2人とも目が悪くなかったせいか、普段は老眼鏡も用いない。
工場に勤務する夫の定年と同時に、妻も2年を残して昨年退職した。
特に考えるところがある訳でもないが、子供のいない2人は得策と考えた。
定年になれば日本中を旅しよう、などとありきたりな夢を語る。
給与は多くなかったが子供にかける必要もなかった2人は、経済的に無理がない。
簡単なもので済ました昼だったが、隆造はどうも物足りない。
「おい!今夜は久し振りに、寿司でも食いに行かないか。」
「あら、賛成。私もお寿司を食べたいなって、思っていたところなの。
だってお昼は簡単でいいって、おとうさんが言うもんだから。」
てくてくと2人は歩き、駅近くの暖簾をくぐった。
店を開けたばかりだったせいか、客はまだいない。隆造と光子は奥のカウンターに。
「おとうさん、今日はお任せコースでもいい?」
カウンターに置かれたメニューに書かれている8千円に、隆造は少しだけ臆した。
それを悟られまいと如何にも豪気な顔をするが、光子にはすっかり読まれている。
「へい、お任せコース。毎度ォ。」
こはだ、剣先と出され白身の魚に光子の顔がほころぶ。このヒラメは美味いと隆造。
大将もヒラメではなくカサゴ、ハマチではなくシマアジと、ついぞ言えず。
「単身赴任の弟からカマボコが届いてさ。仙台じゃヒラメで作ってるんだぜ。」
帰り際に別の客が話す言葉、光子の頭にこびりついている。帰路、夫に提案した。
「仙台か。サラリーマンの転勤希望ナンバー1のところだな。」
翌日、インターネット画面の前に、2人は頬を寄せる。ああだこおだ、と時間が過ぎた。
おいここも、あらここも、とプリンターにA4の用紙が溜まっていった。
年が明け、ネットで予約したフリーツアープランに2人は出かける。
牛タンだ、寿司だと美食家気取りの2人が貪る。青葉城址から見下ろせば大きなくしゃみ。
「あなた!お蕎麦、食べに行きません?」
プリントした用紙の1枚をタクシー運転手に見せる。若林区ですね、30分かかりませんよ。
「あさひ支店」と書かれた店の外観は、商売に貪欲とは思えなかった。
誠実そうな御亭主、優しそうな奥さん。ここが、ネットに載っていた蕎麦屋だな?
黙々とすすり終えて蕎麦湯を飲む。隆造と光子は同時に溜息。寿司屋の時よりにこやかだった。
← 【人気ブログランキング】応援してたもれ (^o^)b
あとがき
神戸に移り住んで7年。大阪、神戸を含めて美味いうどんにあまり、出会えません。
ツユが私の口に合わないのでしょう。醤油だけの味は苦手ですし、麺も讃岐でなく手抜きが。
蕎麦に至っては無理もないですね。日中の寒暖差が激しくないと美味くならないそうです。
気候が厳しい分、東北の方はおいしい蕎麦を召し上がっていらっしゃるようです。
最後まで、お読みいただきありがとうございました
No.00689
← 【人気ブログランキング】応援しておくんなまし m(_ _)m
「おとうさん、ありましたありました。」
妻の百合子が夫の袖を引っ張る。しようのない奴だ、と言わんばかりに
立ち読みしていた写真雑誌を元の位置に戻し、沢村登志男はついていった。
「ここにあったのか。そりゃそうだよな。」
いくつもある旅行雑誌の中から、2人は物色を始める。行き先は京都だ。
「おとうさん、これにしましょうよ。地図も載ってるわ。あら、クーポンですって。」
複数を買っても荷物が増えるだけである。観光地ですべてを広げる訳にも行かない。
帰りの電車の中でも、妻は随分とはしゃいでいた。
帰宅して入浴しながら、登志男は振り返った。目を閉じれば、セーラー服姿が浮かぶ。
高校で1年下の彼女に思い切って告白したことを、今でも忘れない。
東京の大学まで追いかけてくれ、私と同じ銀行に入ってくれた。
定年後も5年間働いた私に、妻は本当によく尽くしてくれたものである。
「変なおとうさん。何か気味が悪いわ。」
「え?何が?」
「だって、さっきからニヤニヤして。気味が悪いったらありゃしない。」
「かあさんと初めて会った時のことを、思い出していたんだよ。」
いろんなことを共に経験したはずなのだが、ゆっくりと旅行をしたのは初めてだった。
新婚旅行さえ急な仕事で行けなくなり、改めて行くはずが伸び伸びになっていた。
今回、京都に行きたいと言い出したのは妻の方である。
翌日も妻は、買った旅行雑誌を開く毎に感嘆する。ねえ見て、を繰り返していた。
「初日の夕食は、ここにしない?おばんざいを食べさせてくれるんですって。」
「悪くないなァ。全部、任せるよ。かあさんの行きたいところにしようじゃないか。」
「だァめよォ。おとうさんも気に入ってくれなきゃ。意味がないじゃないの。」
事実、登志男は妻の決めるところでよかった。妻の喜ぶ顔が見たかったのである。
新幹線で京都駅に着き、最初に清水寺へ足を向ける。混雑に閉口するも、来た甲斐はあった。
夕方まで、あちこちを見物する。ホテルに荷物を置いて、近くまでタクシー。あ、ここだ。
「はい、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
妻がブーツを脱ぐのに手間取っている時、店員がやってきた。30歳くらいの男性だ。
「あのォ、予約はしておりませんが一時間ほど前に電話したら、お待ちしています、と。」
「本日は予約のお客様でいっぱいです。」
「旅行雑誌を見て、今日は営業なさっているか電話したんです。そうしたら、
お待ちしています、とおっしゃったのでタクシーで来たのですが、ダメなんですか?」
「その後で予約が入ったのかも知れませんが、とにかくお帰りください。」
慇懃無礼な言葉を残して、店員は奥に逃げていった。妻が、ブーツを履き直そうとする。
「行きましょうか、おとうさん。仕方がありませんわ。」
よほど残念だったのだろう。それから妻は、無口になる。傘を叩く雨音が強くなった。
← 【人気ブログランキング】応援してたもれ (^o^)b
あとがき
京都の味は、和食の惣菜が有名です。独特の京野菜を生かした料理もあります。
水揚げ港から遠いにも関われず、求められるに応じて新鮮な魚介類が提供されました。
福井県から運ばれる鯖街道は、国道161号線の別名です。傷みの早い鯖を、如何にして
京都に運ぶか、が先人の智恵でした。一方で対応の残念な店があることも事実です。
さて、昨日はプレゼントクイズに多数のご応募、感謝します。
銀閣寺に来た前回は、私が何歳の時でしょう?^^
1.17歳 2.19歳 3.21歳 4.23歳
が問題でしたが、2番の19歳が正解です。友人を後ろに乗せて、バイクで来ました。
明日の投稿分でご当選者を発表させていただく予定です
最後まで、お読みいただきありがとうございました





